「っで?何があったんですか?」

「べ、別に何もないです……」


原田選手と高岡くんが帰って暫く経ったが、このやり取りはもう何回目になるのだろう。
本当に何もないのだが、原田選手のあの言葉が頭から離れずに顔が熱くなってしまう。
そんな私の態度が何かがあったと勘違いをさせているのかもしれないが。


「……」


先生は黙ったまま私を見つめてくる。
何かを言わないと、ずっとこのままな気がする。
案外先生も頑固だからな。

拗ねている様にも見えるけれど、本当は心配してくれている。
その事は先生の顔を見ればすぐに分かる訳で。
どんな理由でも好きな人に心配をして貰えるのは嬉しい。
だって私の事を気にかけてくれている証拠だから。
でもいつまでもこのままって訳にもいかないし。
決意をした様に頷き先生を見つめた。


「原田選手から聞いたんですけど……」

「何をですか?」

「そ、その……。
原田選手との勝負をする事になったキッカケが私の為とかなんとか……」


違った時の不安からか、私の言葉は弱々しいものとなってしまう。
だって『何ですかそれ?』とでも言われたら恥ずかしくて先生の顔を見れなくなる。
不安で視線を逸らせば先生の手が私の頬を優しくすくったんだ。


「先生……?」

「その通りですよ」

「……え……」


あまりにも先生が柔らかく笑うから。
視線を逸らそうとしていた事なんて忘れて先生を見つめてしまう。


「中学生の時のタイムを超す事が出来ないと、悩んでいるキミを見ていると放って置けなくて。
キミの為に何か出来ないかと思い、原田くんに相談してみたんです。
それで高瀬さんや水泳部の泳ぎの映像を見せているうちに、原田くんが高岡くんにも目を付けたと言う訳です」

「そう……だったんですか……」

「僕は顧問失格です」

「え?」

「だって、キミの事で頭がいっぱいで高岡くんの事にまで目がいかなかったのですから」


先生は哀しそうにしていたけれど。
私の胸は温かくなっていた。
だって先生がそこまで私の事を考えていてくれたなんて初めて知ったから。