「お前にとって水泳は全てだった。
そんな事は俺にも分かっていた。
まがりなりにもコーチだったからな」


三井先生の整った顔つきが哀しそうに歪んだ。
それは横顔からでも十分に伝わってきて何故か胸が苦しくなる。
その苦しみに耐えていれば三井先生は小さく笑ったんだ。


「でもその水泳を俺が奪ったんだな」

「奪ったなんてそんな……。
前も言いましたけど、自分の心の弱さが原因だったんです。
だから三井先生のせいでは……」

「だが俺の事がなければ!!
お前は傷つく事も苦しむ事も無かったんだ……」


そう言って三井先生は口を閉ざした。
彼の心にどの様な心変わりがあったのかは分からない。
だけど。
三井先生があの時の事を後悔しているのなら。
それだけで十分だ。


「確かに、回り道は沢山してきました。
だけど……それがなかったら今の私はいないんです」

「え……?」


もしあの事件がなければ私はずっと水泳を続けていたし。
女子部員皆と一緒に荒城高校に行っていただろう。

だけどそこには先生も高岡くんも先輩たちも。
誰1人いない。

泳げなくなった期間も泳げる様になった喜びも。
何ひとつ私にはなかった。


「あの時の事は私に必要な時間だったて。
今なら……そう思えます」

「……高瀬」

「でも!!
レナや女子部員を傷付けた事は許せません」


それだけ言って私は立ち上がった。
黙ったまま三井先生の前に立ち彼を見下ろす。