「吹っ切れましたよ」


小さく微笑み私は帽子を被りなおす。
そしてプールへと足を向けた。


「どうして……」


今にも消えてしまいそうな声。


「え?」


思わず足を止めて、導かれる様にそっちを向けば高岡くんがいる。
さっきと全く同じポーズで、彼の顔は見えないけど、確かに私に話しかけていた。
彼の名前を呼べば、震える様な声がプールへと落とされていく。


「どうしてそんなに冷静でいられるんだよ……。
お前だって負けたんだぞ?自分の泳ぎで、初めて……」


やはり彼は原田選手に負けた事を気に病んでいたらしい。
気持ちは分かるが、いつまでも落ち込んでいる訳にはいかない。
私がそう思えるのは、1度、敗北を経験しているからだろう。
自分の泳ぎではなくても、試合で負けた。
その現実があるから大差はない。


「そうだね、負けた。もうボロ負けよ」


どれくらいの差で負けたかは分からないけど。
私の気持ち的にはそうだった。
例え0.1秒でも負けは負けだもの。


「悔しくないのかよ」

「悔しいよ」

「嘘つけ!全然そんな風には見えねぇ!」


高岡くんは立ち上がると私の前まで歩いて来る。
そして、ガシリと両肩を掴むと鋭い目つきで私を捕らえた。
その瞳は紅く染まっていた。
悔しさが滲み出たその色に私は胸を締め付けられる。
だけどここで感情的になったって誰も得をしない。
そう思いながら彼を見つめ返した。


「嘘じゃない。
悔しくて、悔しくて。
今までの私の水泳への想いを一気に否定された様な気がした」

「だったら、だったら何で……」


初めての敗北は誰だって辛いモノ。
だけど、それを乗り越えれば強くなる。