「き……きた……」


ついにこの日が来てしまった。
今日は待ちに待った大会の決勝の日だ。
地獄の訓練をやり遂げた私はなんとかギリギリで予選を勝ち抜いた。
皆は呆気にとられていたけど先生と高岡くんだけは“当然”という顔をしていた。


「高瀬さん」

「せ……先生……」


会場で1人ウロウロしていた私に話しかけてくれたのは先生だった。


「ふふっ。緊張しているんですか?」

「……少しだけ……」


高校で初めての大会だし、予選とは違って少し空気が違う。
それでなくてもブランク明けだし泳法だって違う。
全部が緊張をさせる要因だ。
バクバクする心臓を手で押さえていれば優しく先生の手が重なった。


「大丈夫ですよ。
キミはやれるだけの事をやりました。
後は……楽しく泳ぐだけです」


先生の声は不思議だ。
さっきまであれほど煩かった心臓も今では心地良いリズムを奏でている。
そうだよね、今さらジタバタしたって仕方がない。
だったら思いっきり楽しもう、後悔が残らない様に。


『続いては平泳ぎ100メートルです。
選手の皆さんはお集まりください』


アナウンスが会場に鳴り響く。

私の番か。
『ふぅ』と深くタメ息を吐き強く掌を握りしめた。

自然に先生と顔を見合わせる。
言葉はない。

でも……。

“楽しんできて下さい”

そう言われた気がした。
さて行きますか、新しい舞台へと。
私は先生と一緒に歩き出した。
隣に先生がいる。
それだけで強くなれる気がするんだ。


「真希ちゃん!いよいよだな!」

「真希ちゃん!頑張って!!」


皆に背中を押されながら私は招集場所に向かう。


「高瀬ー!!間違えて自由形やるなよ!!」


馬鹿でかい声が響き渡る。
高岡くんしかいない、と言うか、そんなの。


「やらないよ!!……たぶん……」


自信がなくなってきた。
今まではずっと自由形だったから体が勝手に動いたらどうしよう!?
自由形の泳ぎは体に染み込んでいる。
だからやったとしても可笑しくない。


「馬鹿野郎!!」


私は高岡くんの怒鳴り声を無視して歩く。
平泳ぎ、平泳ぎ。
呪文の様に繰り返し心に、体に、刻み込む。
間違えないでよ私、こんな事で失格になりたくない。
って言うかなったら馬鹿だよ。