「いや。俺が大丈夫じゃないから」


と、すごく真剣な顔つきだった。


「なんで言ってくれなかったの?」


「えっ……と」


「うわ、ごめん。嘘、今のなし。忘れて」と、取り消すように手を振った。


「何されたの?」


思い出したくないし、言いたくなかった。俯いてしまう。


「じゃなくて、ああもうダメだ」


市ノ瀬くんは、わたしに少し近づくと、そのまま抱きしめた。


労るようなくらいの腕の力で、振りほどこうと思えば出来たんだと思う。


だけど出来なかった。


こんな風に温もりを感じたことは初めてなのに、すごくドキドキしているのは自分でもわかっているのに、どうしていいかわからなかった。


ただ不思議と怖くなかった。