ホッと胸を撫で下ろして気持ちを整えてから、
「アイツって誰?」
ちらりと碧人くんに視線を向けた。
碧人くんは決して誰かを名前で呼んだりしない。
友達のわたしでさえ、たまにしか「二宮」と呼んでくれないし、結局は出会った頃のまま。
苗字呼びだなんて距離を感じるし、いつなったら「芽衣子」って呼んでくれるんだろう。
そんな悩みを抱えてるとも知らずに「えっと……」と声を吐きながら、白い手袋に包まれた指先で示すのは、
「桃花」
ブルーの爽やかなセーラー服を身にまとった桃花だった。
ブンブンと大きく手を振りながら「芽衣子〜!」と、わたしの名前を呼んでいる。
ーードクン…
嫌な心臓の音が聞こえた。
グッと誰かに心臓を掴まれたみたいに息苦しい。
今の……聞き間違いじゃないよね?
少し低くて甘い、碧人くんの声がはっきりと耳の中に残っている。
『桃花』って。
今まで誰1人名前で呼んでいなかった碧人くんが、突然桃花だけをそう呼んだ。



