「過去の記憶を取り戻した反動で喪失中の記憶を失くしてしまうのって、よくあるケースなんですよ。

喪失中の記憶は碧人くんにとって夢を見ていたような感覚だと思います。

皆さんも寝てる間に夢を見るでしょう?

でも、起きたらどんな夢を見ていたか思い出せない………夢と同じ状況なんです」


夢……?

わたしと碧人くんが過ごした日々は、夢のひと言で片付けられちゃうの?


桜の降る公園で、わたしに優しくしてくれた碧人くんも。

照れくさそうに名前を呼んでくれた碧人くんも。

夕焼けが照らす観覧車でイタズラにキスをした碧人くんも。


どこにも居ない。もう会えない。


今のわたしは碧人くんにとって特別でも友達でもなんでもない、ただの……。

ただの他人だ。


「碧人くんには交通事故に遭った後、ずっと眠っていたと私から伝えておきます。

その方が混乱も少なく、碧人くんが元の生活に戻りやすいと思うので。

皆さんもそのように振る舞うようお願いしますね」


「はい……」

「わかりました」


軽やかに話す先生の言葉に反応できたのは、碧人くんのお父さんとお母さんだけだった。


「私は碧人くんの様子を見てきます」と部屋を去っていく先生の姿を目で追う気にもなれず、抜け殻のようにわたしは動けないまま。