クラシック

え、と微かに身じろいだ美音の小さな頭を固定するように俺は両の掌でゆっくりと包み込む。
そうしてゆっくりと五指を梳き入れて。
おもむろに鼻を近づけた。



「っ?!え、ちょ、か…っ!?」

「はいはい、ビビんな美音。
こんなん序の口だぞー」



そう告げると美音の身体はたちまち凍りつく。
急激に熱を持った頬が居たたまれないのか掌で覆い隠している様が堪らない。



つか、やっぱ想像通り。気持ち良い。
この手触り、指の梳き心地。
柔らかくてそれでいてしっとりと吸いつきそうでふわふわでサラサラのツヤツヤ。



…だいぶ擬態語にまみれてんな。
しかもめっちゃ匂い良いし。
お前これ、何てシャンプー使ってんの?



「っわ、っかんな…。び、美容室、で…」



恥ずかしさのあまり視線がぐらぐら彷徨ってる美音と目が合うはずもねーんだけど。
担当の美容師に薦められた物を使っているとくぐもった声が聴こえてきた。



…担当。そうか、美容師。
そいつは美音のこの髪を無条件で触ってやがんのか。



「…美音。担当の美容師って男?女?」

「…え、お…男の人だけど」

「うっわ、マジか!許せん!」

「え、でも良い人だよ?」

「…美音なあ」



本当にお前、分かってないな。
醜い嫉妬心にとり憑かれやすい彼氏の前で他の男のこと“良い人”呼ばわりするなんて。
親の死に目に会えないくらい罰当たりなことだぞ?



「シャンプーもリンスもこれ使ってね、って。
気前よくポンとくれちゃうし。
あ、でも使い心地とか報告しなきゃいけないから…モニター、っていうのかな?」

「違ぇーよ!それ絶対、狙われてんだよ!気づけよこのボンヤリ!」

「え、そ、そう?」



美容室のシャンプーリンスなんてそこらの市販品とレベル違うじゃん。
美容師の歳の頃を問い質せば確か23、だとか言うし。
店長とかじゃねーだろ。
美容師には売上ノルマもあると聞くし、簡単に客にプレゼントするようなもんでもないはず。
そりゃあ美音の髪の天使の輪がそれで維持されてるんだとしたら、ありがとうの一言も必要なんだろうけど。



なんか、嫌だ。
てかこんなところまでいちいち嫌だと思ってしまう俺が嫌がられてしまう?
何だよ、最初から躓いたな。
とにかく一度気持ちをリセットしようと、俺は大きく深呼吸をした。



「…行かない。もう行かないよ?奏成くん」

「…や、うー…ちょ、待て美音…」

「奏成くんが切って?ね?
そんな怖い顔しないで?」

「美音…」



束縛に狂う男なんて格好悪いだろ。
でも今の俺は充分すぎるくらい格好悪くって。
こうやってストーカーって出来上がんじゃないかとさえ思ってしまう。



「…いや、うん。
美音の生活を…無理に。
変えさせたいつもりはないんだ」



ごめん、勢い任せで。

俺はまた美音の髪の毛に鼻を埋めながら、くすぐったがられるのも充分承知で耳元へ詫びを落とした。