クラシック




…いや、無理だったか これ。
伝わってねえだろ、これ。
そのでっっかい瞳で見上げられるの、今の俺には拷問に近い。



「…私の、妄想癖が移っ――」

「だあーっ!やっぱりか!
あさって飛んでくか!お前の思考は!」



え、え、とピクピク反応する美音の身体は俺を煽ってるんじゃないかと勘違いしそうだ。
そんなテク、持ってねえのにな、コイツ。
でもせめて。
昂ぶりすぎてる俺の熱を散らすのに、ちょっとだけ強く抱きしめさせて。



「…美音の、音は。
変わってねえの?」

「…奏成くん…?」

「俺と、こんななってからも。
お前の音は、変わんない?
毎日は、変わんない?
俺は」

「奏成くんも?」



すっげえ詩的なセリフ吐いてやろうかと身構えた一瞬の間に、美音の柔らかな言葉がするりと入り込む。
…奏成くん“も”?
そういう言葉尻を俺が聴き逃すわけねえだろ。



「…よし、言え。
変化あんだな?
美音から言え。さっさと言え」

「…あ。照れてる」

「うっせーよ!なぁに俺のことからかってやろうかしてんだ!
百万年早ぇんだよ!」



ふ、と漏れる美音の笑い声が俺の首筋を掠める。
次いで聴こえたコホ、という咳払いに美音の改まった真剣さを感じた。



「…鍵盤は、白と黒だけじゃなくなった。
…虹色に、なった」



あああ、引かないで。

慌てたようにつけ加える美音は、あろうことか俺の背へやんわり手を回す。
ちょ、何なのこれ。
無垢って攻撃力高ぇんだなオイ。
俺の理性メルトダウン寸前なんだけど。
どうしてくれんの、美音。



引くわけねえだろ。

そう、くぐもった声を美音の耳元に届けた。
俺の純情、ナメんなよ、バカ。
頷きと共に揺れるふわふわの髪の毛が俺の頬をくすぐっていく。



「…毎日。
見つめて妄想してた奏成くんの手、とか。
横顔、とか、がね。
リアルにそこにあって、真正面からのアングルになって。
ドキドキしてばっかりで、上手くいかなくて」



そうだ思い出した、と。
突然、笑いを含んだ美音の声が弾み俺の身体まで跳ねさせる。
脈絡ねーな、美音の話。
でも、気持ち良い。
ずっとこのままでも悪くねえんじゃね?なんて。
現実離れした思考は美音の妄想癖と良い勝負なんじゃないか。



「そうよ、さっきまでこう言いたかったの。
…奏成くんが…その」

「?…何だよ?」



決して饒舌じゃない美音が懸命に綴りだそうとする言葉の世界は、美音そのものみたく真っ直ぐで、ひねくれた俺へもすとんと収まる。
不意に言いよどんだ美音を不思議に思い顔をずらして見れば、耳たぶまで紅く染まっていた。
…何だオイ。どうした?美音。



「…わ、私のことを…。
好きだ、って言ってくれるたびに。
自分でも、自分のこと、好きになれてきて」



そういうのが、凄く嬉しい。

震える声はとても小さかったけれど。
耳は、良いんだ。
一語たりとも聴き逃すはずはなかった。