コンビニの裏口からいつものように美音の姿が現れると、俺はフェンスへ凭れていた背を起こす。
そうしていつものように渡部の制止を振り切って、奏成くん、なんて笑いながら距離を詰めてくるんだろうと思ってたのに。
美音に続き現れた渡部の影を認めた途端、俺の眉間には深く溝が刻まれる。
「…忘れ物、ない?美音ちゃん」
「あ、はい。
渡部さん、すみません」
ありがとうございました、と。
丁寧にお行儀よくお辞儀をしている美音。
その向こうで手に花束を持つ渡部。
その可愛らしい花束は、そっと美音へ手渡された。
…何だ、これ。
ついていけてない、俺。
目の前で何が起きてんだか分からない。
「……美音?」
「あ、奏成くん」
屈託ない笑いにわだかまりはほんの少し溶ける。
けれど、美音の背後からじっとりと漂ってくる黒いオーラに俺の表情まで翳らされた。
「…キミがそうしろ、って言ったの?」
「…何の話?」
「バイト。辞めるようにだよ」
あ、と気まずそうな声を上げた美音とバッチリ目が合った。
聞いてねえな、うん。
聞かされてねえよ。
どういうことかと問い質すのは美音だけにしたかった。
薄暮の中でも虹彩の光を頼りに俺を射抜こうとする渡部の黒い感情に巻き込まれたくなかった。
「…美音ちゃん。
また、戻って来てよ」
「…あ、あー…考えて、おきます」
美音は詫びるように顔を俯けながら自身の肩越しに渡部へ短く伝えた。
さっきまでの夕闇に相まった光る笑顔はなくてただ気まずげに。
近いのか、遠いのか。
俺と美音との距離は。
モヤモヤとこみ上げてくるドス黒い感情がそのまま口からあらぬ怒気となって美音へぶつからないように。
俺は小さく行くぞ、と。
美音の手を取り、渡部から引き離した。
「…辞めんの?バイト」
「…うん。今日で…」
最後だった。
美音が手にした花束が小さく揺れる。
「…なんで?」
そう口にしてから、ああやっぱり意地が悪い質問の仕方だったかと頭を振る。
“なんで辞めるの”
“なんで話してくれなかったの”
さっきの“なんで”には。
そのどちらの意味も確かに含んでいる。
「…奏成くん?ごめんね?」
「なんで…」
なんで謝るんだ。
出かかった言葉は思いがけないほど素早く俺の前へ回り込んだ美音の動きで遮られた。
ク、と喉が鳴る。
小さな力が繋いだ片手と、もう片方の手にも籠められ俺の腕へ身体へ伝わってくる。
また“なんで”だ。
そりゃそうだ。
全部を知っておきたいのに。
事後で知らされるこの何とも言えない惨めさ、って。
「…言えなくて、ごめんなさい。
話を…聴いて?」
今、俺を見上げる美音の瞳に。
初めて目を合わせたあの日に揺らいでいた、怯えたような泣きそうな潤みは無い。
強く、真っ直ぐ合わせられる目が、さ。
訴えかけてくるものに自惚れるなっつー方が無理だろ。
目の縁が紅くてさ。
目を凝らして見れば、夜が近づく翳りの中でも頬まで熱を持ってそうで。
好かれてんだ、って。
確かめられるその時々は、何度あったって嬉しいに決まってる。
「…よし、話せ。
何もかんも打ち明けろよ?
俺は今、ご立腹なんだからな」
美音の柔らかな両の頬をムニムニと摘まむ。
…いや、もう本当は怒っちゃいないけどね。
どうでもよくなっちゃったけどね。
ひょへんひゃひゃい、と宇宙語を話す美音に噴き出しながら、俺はどこでゆっくり話そうかと考えていた。
…家かな、やっぱ。
誰も、居ないんだけど。
ピアノの練習、もあるし。
言い訳をグルグル考える不埒な脳の指令より先に、俺の脚はもう自宅へと向かっていた。
