クラシック

「…そんなに、欲張れないよ。
独り占め、できないって」



相澤くん、みんなに愛されてるから。

そう呟いて美音は目を細める。
みんな、ってのがさっきまでの温かさを指していることくらい容易に想像できた。
いいんだけど。独り占めしてくれて。



「なーまーえ!」

「…あ、ごめんなさい」

「みんなよか俺は目の前の美少女に愛されてえよ、まったく」



…いろいろ上手くいかねえもんだな、今日は。
イライラしたり悶々としたり。
持ち上がったり落ち込んだり。
俺が一人でジタバタしてんだけど。



「……あ、」

「あ?…何だよ?」

「……あ、いして…ます、よ…?」

「!うわ、もう!不意打ち反対!駄目ゼッタイ!よし!戻るか、さっきのいかがわしい愛の城に!」

「いやいやいやいや!やめてそれは!
もうちょっと成長してから!」

「誰が?ああ、美音が?
大丈夫だって、一応高校生には見えるって」

「…私、17歳なので。
奏成くんよりお姉さんなんですけど」



打てば当たり前のように響く会話に目的地が遠のけばいいのに、と馬鹿げたことを考えてしまう。
約束、ぶっちぎったらきっとあーちゃんにど突かれるだろうけどな。
穏和な弟と違って、職人気質の強面イケメンだし、あの人。
俺は苦笑しながら分厚いスタジオのドアを開けた。
不思議顔の美音をひきずるように連れて。



あーちゃん、と呼びかけると日本人離れした茶色の瞳がこちらを振り向く。
一気に緊張すんな、美音。
カラコンだよ、あれ。



「おう、奏。5分前行動だな」

「あーちゃん、時間にはうるさいじゃん。
美音、この人、内田 新太くん。
バンドやってる21歳、彼女募集中」

「余計な紹介文 入れんな」



眉間にシワを寄せながらいかめしい表情で美音と俺を見据えるあーちゃんに恐れをなすかと思ったけど。
内田、と。
そこだけを小さく口の中で繰り返してるから、美音もなんとか気づいたらしい。
存外、似てるしな。



「翔太の兄ちゃん」

「今日はよろしくな」



口の端に浮かんだ笑みはさすがに翔太を彷彿とさせる人懐っこさがある。
強面とのギャップで萌えさせるのがあーちゃんファンへの傾向と対策らしい。
慌てて頭を下げる礼儀正しい美音の目元がうっすら紅いのは見ないふりをした。



俺は趣味が違くてあまり聴いたことないんだけど。
あーちゃん達のバンドはインディーズでそこそこの人気と地位を確立しているらしい。
とある音楽事務所から専属契約でメジャーデビューしないか、と話が持ちかけられるほど。
ただ、音楽の質が高く評価されて、というよりメンバーがイケメン揃いなだけにファンを獲得しやすく売り出しやすいという商品性を重視されている感が嫌で断り続けてるんだとか。



「ごめん、人気者 拘束しちゃってさ」

「いや、奏には世話になってるからな。
早速 始めるか」



分厚いガラス越しに目を遣れば録音ブースの中にはアップライトピアノ(と言うらしい)がお行儀よく鎮座している。
ロックテイスト満載のこの場に似つかわしくないけど。
編集機材の前に陣取ったあーちゃんがじゃあ、とスタートの合図を送ってくる。



「美音、中入って。ピアノ弾いて」

「…え?な――」

「曲は何でも良いぞ。
俺だけに向けて、な?弾いて?」