クラシック

この、の指先にあったのは壁飾り。
ト音記号型のフックの先にはあのキーホルダーが品良く収まっている。
背景の白い色によく映えていて独りよがりの選択がまんざらでもなかった結果にホッとした。



しかも。
お母さん、その有益情報に心から感謝します。
本人から打ち明けられることはない、俺が知らない見ることはない、自宅での美音の時間。
そこに在ったのはきっと、俺のことを好きでたまらない美音の姿なんだ。
ヤバい、ニヤけるだろこれ。



『…行こ、相澤くん…。行ってきます』

『あ、相澤くん!
相澤先生のお世話にはなりたくないからそこのところはきちんと』

『心得てます』



俺の横をすり抜け先に玄関を出ようとしていた美音は首を傾げて俺達の会話を耳にしていた。
“クリニック”って看板出してるけどね。
親父と姉貴の専門は、産科・婦人科なんだよ。
知ってた?





そんなこんなで俺の家へと向かう道半ばまで、俺は若干口数少なめだった。
美音は時々心配そうに俺を見上げ、そのたびに怒ってないと告げるとニコリと笑ってまた隣を歩く。



…いや。途中からもう、笑顔にもれなくついてくる笑窪見たさでわざとダンマリ決め込んでたんだけど。
会話はなくとも、何?この心地好いまったり感。
もはや小春日和に縁側で仲良く茶しばいてるじーちゃんばーちゃんの域に達してんじゃねえの?俺ら。



「今日は振り回すからなー美音。しっかりついて来いよ?」

「…今日“は”?」

「なあんか言いたげだな?オイ」



門扉を開け玄関へと歩を進める。
また躓かないよう慎重に進める美音の一歩ごとに揺れるスカートのふんわり感がたまらない。
濃い青が色白の美音に良く似合ってる。
ちょっと短かすぎるような…気がするけど。
それどこで売ってんの?
大人買いして毎日色違いで着せときたい。



「…げ」



玄関のドアを開けた途端、見なかったことにしようかと思うくらいの靴の数が目に入った。
…あああ、もう!何だこれ!
翔太は、分かる。致し方ない。
和、も。陽人、も。
まあ、来るだろう、これまでの流れでな。
いや、それよりどう見てもお子様スニーカーとかちっちゃなモコモコしたブーツとか!
今日は正月じゃねえよな?!
てか誰から漏れたんだ!今日のクリパ!
お袋か、親父か、姉貴か。
あのおしゃべり野郎どもめ!



「…すごい人数…」

「…美音。人見知りする?よな」

「うー、ん。1ミリもしない、とは言えない…」



だよな。
やっと俺とも普通に喋れるようになったってのに。
いきなり親族この人数、って。
ハードル高すぎるだろ。
俺が美音のお母さんに初のご対面、どころじゃねえわ。



「…ごめんね?」

「なんで美音が謝んだ?」

「…相澤くんみたいに、きちんとご挨拶できないよ…。
私なんか、印象悪く――」

「ベロチューすんぞ、コラ」



美音の後頭部へ手をやり顔を近づけ鼻が鼻を掠めると、美音の顔中、発火したように朱に染まった。
化粧とか、してないんだろうに。
睫毛、なっが。



「…奏ー。その狭すぎる視界にお母さん達も入れてね?」