クラシック

「何回か通っておいで?
なるべく痕が残らないように治療してあげる」



そんなデキる医者っぽい発言をかましている親父の声音に笑いが含まれていると感じるのは俺だけか。
…からかいの色、というか。
眉根を寄せた俺の表情に気づくとさらに気味悪く口角を上げている。



「いえいえっ!
とんでもないですっ!あの…別に傷痕くらい…」

「お前が医者なのか、相川。違うだろ?
ちゃんと通え、綺麗に治るまで」



…オイ、親父。
ニヤニヤ笑ってんじゃねーよ。



「友達、ってのは伊野か?暴力女なのか、アイツ」



暴力女、への反応か、相川は苦笑を漏らしながら頷くべきかどうかと迷った様子を見せる。



「…しーちゃん…あ、伊野さん、は。空手の…有段者で。
怒ってたし、これはマズイかも…と」

「ああ、そりゃ。素人はひとたまりもないな」



親父は滅菌ガーゼへ薬剤を塗布し、広く擦れた傷の上へ丁寧に置くとサージカルテープを切って渡すよう俺に目で指示してくる。
やっぱり。
俺限定でぎこちなさは発揮されるのか。



「で、誰に何つって呼び出されたんだ?」

「………」

「奏、怖い」

「親父はうるさい。言うまで帰れねーぞ」



俯いた相川は身体を強張らせ俺の言葉にビクついているのがよく分かる。
喉をコクリと鳴らし、何事かを発するのを躊躇っている様子も。



「…相澤くん、の。
か、彼女さん…に。つきまとうな、と」

「え?!奏成、彼女いたの?!」

「いや、俺も初耳なんだけど」

「というかこの子じゃないの?!」

「ええっ?!
あああありえませんっ、わたっ、私なんてっ」



その瞬間。
親父うざい、とも思ったけど。
この子、と指された相川の否定っぷりにカチンときた。
何だよ、それ。
全力で、ありえない、とか。
ありえないことじゃないだろ、別に。



…いや、俺は何をイラついてんだ。



3人居た女のうち、1人は翔太がユキ、と呼んだ生徒会のヤツらしい。
俺へ、というより親父へ向けて相川の言葉はポツリポツリとこぼれ落ちる。
…何か、面白くないが。
まあ、ひとまず話が続くなら良しとしとく。



「…生徒会室で、ずっと、待ってたのにカバンだけ、取りに来て…そのまま。
さっさと、帰っちゃったのよ、と」

「そりゃそうだろ。お前待たせてたし。
一緒に帰る約束なんざしてねーしそいつと」

「あ、待たせてたの?この子。
で、一緒に帰ったの?」

「…はい。それを、見かけたらしくて…私、達…つき合ってるのよ、と」

「奏成、意外とモテるんだねえ。
で、何ちゃん?キミ」

「ノリが軽いんだよ、親父。
相川だ、相川」

「…奏成に訊いてないのに」

「拗ねんな、いい歳して」



その時、ふ、と声が漏れて相川の顔が綻んだ。
あ、笑窪。
と思ったら口元の痛みのせいか、すぐに眉間にシワが寄せられる。



「…何がおかしい」

「っ、あっ!ご、ごめんなさい…」

「ホント、奏成、怖い」

「だーかーら!親父はうるさい!で、何?」



見開いた瞳が泳いでるぞ、相川。
困ったような、でも笑いをこらえているような。
表情筋は和らいできたんだな。



「…あ、の。
私…お父さん、がいない、ので。…羨ましい、な。と」



もうごにょごにょと、何を言っているのかよく聞き取れなかったけれど。
相川の言葉を俺は強く深追い出来なかった。



「…悪い。知らずに」

「ああっ!わ、私こそっ!空気、悪く…」

「じゃあ寂しい時は僕のこと、お父さんって呼んでいいよ?」



アホだな、親父。何だよその“じゃあ”の使い方。
そう、思ったけれど。
相川がゆっくりとにっこりと花開くように笑ったから。
もう、敢えてつっこむのは止めた。
よし終わり、と相川の両肩を柔らかく叩く馴れ馴れしさにちょっとムッとしたのを。



…チラ、と見られて。
ニイッ、と笑われて。
ああ、何だろう。
ものすごくムカつく、この親父。