クラシック

《相澤くんっ?!大丈夫?!》

「…え。何が」

《だ、ってっ…あ、おかえり…メール途中で切れてたから!倒れたり、してないかと》

「倒れたり、って」



絶命寸前の遺言メールじゃねえんだから。

そう言うと美音はクスクスと笑い声を上げ、無事ならいいの、と話を切り上げようとする。
耳に優しく馴染む音。
美音が生み出す音は本当に何もかもが綺麗だ。
そう感じてしまえばもっと話していたいと欲が出るけど。
おかえり、と聴こえたんだっけ、さっき。



「…お母さん、帰って来た?話しにくい?」

《…うーん。
目の前でものすごく聞き耳立てられてるから》



とは言いつつも美音の声には笑いが含まれていて、自ずと母子の仲の良さが窺えた。



「…メール、は。長くなりそうだから。
俺からかけ直すけど話せる?」



邪な気持ちが混じってるからか。
こんな気遣いが初めてだからか。
言い慣れない言い回しは俺の声を硬くして、スマートじゃない自分がほとほと残念だ。



一旦切るのも躊躇われた。
すぐかけ直せばいいだけなのに。
どんだけつながってたいんだ、俺は。
部屋で独り、苦笑を漏らす俺はきっと気味が悪いだろう、知らずドアの隙間に姉貴の目が覗いてないか確認してしまった。



美音の名前を着信履歴から呼び出し通話ボタンをタップする。
同じ携帯電話会社であることを告げるアナウンスをうすボンヤリ耳にしたら、呼出音もロクに鳴らないうちに、もしもし、と囁くような声が届いた。



「…やっぱ話しづらいんじゃねえの?美音。無理すんなよ」



…や、失言。
無理させてんのは俺か。
メール送ればいいんだもんな。



《大丈夫…というか。
狭い家だからどこ行っても聞かれてる、きっと》

「ぶ。プライバシー無いのな?」

《相澤くん家が広すぎるんだと思うよ》



何てことない会話も楽しいんだな。
ここのところの何もかもが新鮮すぎる。
世の中にはまだまだ俺の知らないこそばゆい感情が満ち溢れているのかもしれない。
斜に構えて冷めた視線を放っていた俺では知りえなかったそれを、俺はこれから結構嬉しいと感じることが出来るのかもしれない。



美音と、出逢って…いや、出逢ってはいたんだ。
俺が気づけなかっただけで。
きっと美音が俺を変えている。
そんでこれからもっと変えられるのかもしれない。
受動的に見えてそれは不本意じゃない。
たぶん俺も、美音の音色へ某かの変化をもたらしたはずだから。



《…ね、それから、の先は何だったの?》