クラシック

にじゅう、と聞こえ息が漏れた。
暗闇の空気が瞬時に白く染まる。
案の定、美音はキョロキョロと首を動かした。
なかなか真後ろって振り向かないもんなんだな。
そうして目の前に広がる漆黒をぼんやりと見つめている。



「…相澤くん…?」



小さな呟きは車が通る音にかき消された。
美音の家の近く、見慣れた景色だろうに。
心細さからか華奢な身体が揺れている。



「…あ、そうだ。電話…」



あ、そうか。電話ね。
こんなにすぐ架けてこられるとは思わなかったな。
やっぱり行き当たりばったりで考えついたこじつけなんて、脆く崩れやすい。
苦笑しながらコートのポケットへ手を突っ込んだ。
この振動音は美音へ聞こえてないのかな。
それともそこまで気が回らない?
ディスプレイをタップするが早いか、相澤くん?と勢い込んで名を呼ばれた。



「どこ?今――」

「ここ」

「え?!近く?」

「後ろ向いて。グルンと」



グルンと向けられた身体に沿ってフワリと浮いたスカートの裾がやけに綺麗だった。
スローモーションみたいで。
美音の目線はまだ高い。
耳に押し当てられたままのガラケーへ 下を見るよう伝えて、そうしてやっと美音の大きな瞳を捕まえた。



「ここに、居たんだぞ…ずっと」

「…え…」

「ずっと、美音の傍に居た。
お前が見つけらんなかっただけ」

「!……」



俺は立ち上がり美音へ近づくと、もうとっくに通話は切れているガラケーを抜き取ってパチンと閉じた。
美音は固まったまま、次の動きが取れずにいるらしい。



「…俺が言いたいこと、分かる?」

「………」

「…美音?」

「…教えて、下さい」

「いい子」



伏せられた美音の顔を上げさせたくて、俺はフワフワの髪の毛をクシャクシャと撫で回す。
ほんの少し眉尻を下げながらくすぐったそうに目を細める表情がやけに幼く見えた。
教えて下さい、って何それ。可愛いの。



「居なくなってしまうと思い込んでたら、すぐ傍に居るのに気づけない。
居なくならないって言葉を信じてないから捜せない」



ごめんな?美音。
俺はエラソ王子だからこんな高説垂れまくってるけど、何の根拠もないからな?
ずっと一緒に居られる未来を信じて欲しくて。



「脳が出す指令は過去情報や経験を元にしてる。
そうして目に映る景色に騙されることがあるんじゃねえの?人間は」

「……騙されたのね?私」

「そう。美音の中のネガティブ情報にな?」

「…私の前から。
居なくならない人が…いるの、ね?」

「そう。それすなわち俺様」



俺をじっと見つめていた美音の顔は突然相好を崩した。
…うわ。すっげえ可愛い。
すっげえクッキリ笑窪。
前々から思ってたんだけどこの窪んだとこに指とか綺麗にハマるんじゃ…。