クラシック




「…すげー…好き、だもん…」



私だって、と。
俺の口調を真似て美音の口から囁かれる本当の気持ち。
ほら、こんなの。
こんな、ニヤけて叫んで駆け出しそうな衝動。
無関心のままじゃきっと、手に入らなかった。



「…俺が変われば、世界は変わるんだな」

「え?」

「それとも美音が変えてくれたのかな」



ただじっと。
ぬるま湯の中に身体を浸らせているだけでも、それなりに心地好くはあった。
意図しない不快な波紋も飛沫も受けないから。
でも、変化は。
ただじっとしているだけでは何も生まれないんだ。



「…相澤くんよ?」



不意に向けられた愛らしい声に自分でも破顔するのが分かる。
名前で呼ばれたらもっと崩れると思うけど。
俺の表情筋も随分と解れてきたらしい。
そんないちいちの変化がまんざらじゃないと思えるなんてもう、ぐっちゃぐちゃだ、マジで。
重症だ、恋の病。



「ん?何?」

「…私の、音を。
いろんなとこに運んでくれて。
色づけて、変えてくれたのは、相澤くん」



マフラーで隠すなっての。
照れて真っ赤なのなんて分かってるっつの。



「…お前ね。
すげえな?奪ってくね、まるっと根こそぎ俺の芯から。
芸術センスに長けたヤツの言葉は何か違うのな?」

「…でも。
こんな、幸せなの。
長く続くと思えないもん…」

「なあんでそこ、そんなにネガってんの?」



笑いながら美音の柔らかな髪の毛を梳きポンポンと撫で回す。
ふわりと漂ってきた良い匂いにまた俺の表情筋が緩んだ。
適正距離保ってたんじゃ知りえないよな、こんなの。



「…だって。
相澤くん、よ?」

「おうよ、俺だけど。
…や、それがどうした」



俺の“じゃあ”が意味不明と言うけれど。
美音の“だって”も充分ワケ分かんなかったぞ。



「…好きなグラビアアイドルとか…いる?」

「何だよそのリサーチ。いねえよ、特には」

「…お願いしたいハリウッドスター、とかは」

「いねえよ、んなもん!
てかお願いしたい言うな!清純派美少女が!」



清純派でも美少女でもないもん、と。
美音は不満げ。
肌を刺すように吹きつける北風を防ごうと、両の手袋が頬へ当てられた。
一挙一動に揺れ漂う美音の香りが俺の鼻をかすめていく。



「じゃあ何派だよ?美少女。そこは譲んねえからな、美少女。慣れろ、美少女」



相澤くん、スパルタ。

ふ、とため息と共に苦笑を漏らしながら美音は呟く。
バカだな、俺が本当にスパルタ指導者ならとっくに名前で呼べるようにしてるっつの。
餌付け、とか。
身体に覚え込ませて、とか。
…あああ、やらしい。



「…妄想派、かな」

「…やらしいな、美音ちゃんも」

「…“も”って?…奏ちゃん」

「!!
うわうわ、何だよ急に!ビビんだろー!」



マジ焦った。マジビビった。
奏ちゃん、って響きは翔太からの呼びかけで充分慣れ親しんできてるはずなのに。
何これ。
心臓、バキンって鳴った。
寒いのに。
露出してるもろもろの箇所は寒いのに。
変な汗かいてる、俺。



「…呼んでみたいなあ、って思ってたの」

「う、や、いいけど、別に。
減らねえし。
翔太と同じってとこに若干の引っかかりが残るけども」

「でも、翔太くん、は。
真剣な話の時には“奏成”って…呼ぶよね」



そうだな。

美音の綺麗な横顔を見つめながらボンヤリ答える。
薄暗い闇が近づいてきたせいか、公園内の外灯がチカチカと青白い光を灯し始めた。