クラシック

美音の細い肩におでこをグリグリとこすり付けた。
ヤバい、嬉しい。
あー、たまんね。
でも、別の意味でヤバい。
俺、完全に場の空気を読んでない。



それを証拠に美音の顔を覗き見れば、口は「は」の形をとったままぽかんと無防備に開かれてるし。
ただでさえ大きな瞳がこぼれんばかりに見開かれてるし。
あんぐりマヌケ顔。
でも可愛い。キスしてえ。
あばたも笑窪ってこういうことね?
いや、あばたなんてないけども、美音の顔には。
キラッキラのツヤッツヤだけども。



「…う、れし…?」

「そ。いやマジごめんて。
美音の涙を止めよう大作戦とかでなく」

「…相澤くんが、壊れた…」



いや、引くなって。
身を捩って逃げ出そうとかすんなって。
ナイーブでデリケートなんだって、俺。
おまえのいちいちにどんだけ気持ちが焼き切れそうだと思ってんの?
ふ、って。
腹の底から笑いがこみ上げてきそうだ。
さすがに美音と俺との温度差とテンション差は痛感してるから、誤魔化すように美音を腕の中へまた閉じ込めた。



「…く、るし…」

「…俺さ。無関心だった」

「知ってる」

「そこ即応すんな、バカ」



俺のご機嫌はほんの少し斜めに曲がった。
でもそれも一瞬。わずかな間。
やっときちんと俺へ目を合わせてきた美音が、ごめんね?なんて言うから。
すぐに真っ直ぐ整う恋情はするすると想いを口にさせる。



「俺も関わらないから俺に関わらないでほしかった。
人づきあいは面倒くさかった。
ネコかぶってんのは他人との適正距離を保つのにちょうど良かったんだよ。
…でも」



ピアノの音が気になった。
無関心を決め込むこともできたはずなのに。
それでも俺は、そうしなかった。
もう、その時から俺の中で何かが変わり始めていたんだ。
あの日。
体育倉庫へ踏み入れた一歩は、美音へと続く変化の一歩。



「…美音が、好きだ。
まるごと欲しいから近づきたい。
もっと近づいてほしい。
初めて、そう感じた」



そんな俺の一言でほら。
美音の顔色が変わっていく。
分かりづらいかもしれないけどそれは俺だって。
美音の一動で俺の心は毛羽立ったり凪いだりする。



「好きだから、ぐっちゃぐちゃだ。
泣かせたくないし、悲しませたくも怒らせたくもないのに。
美音、いっつも笑ってればいいのにって思うのに。
上手くいかない。格好悪いし自分がままならない」



北風が頬へ吹きつける。
冷たく奪われていくはずの体温が思いがけないほど上昇しているのは、きっと俺だけじゃない。



「…好きで。
美音のこと、急に好きになりすぎてるから。
だから俺だけ、そんなぐっちゃぐちゃなんだと思ってた。
美音のことばっか考えてるから」



でも、違った。
美音もぐっちゃぐちゃなんだな。
なんかそれが嬉しい。
俺のことすげー好きみたい。
わざとのように耳元で囁くその言葉達が美音の脳内へ浸透して、もっと俺へ溺れさせてくれればいいと願った。