クラシック

そこから繋がるのか。
俺はほんの少し感心しながら陽人が紡ごうとしているその先の言葉を待った。
俺の左でコク、と小さく喉を鳴らす美音の気配を感じる。



「…去年も。その前も。
本番に弱い訳じゃないのに。
体調だって準備だってぬかりなかったのに。
どうして?
僕が気づくくらいだもん、みんな、先生だって思ってるよ!
どうして実力発揮しないの?
どうして本番で手を抜くの?
そんなの、他の出場者に失礼だと思わない?」

「陽人くん…」



美音ははたして。
こんな激情をぶつけられたことがあるんだろうか。
いくら相手が小学生だとはいえ、身長差も体格差も美音と陽人の間にはさほどないし。
何より幼いけれど向かい方が真剣だ。
かなり、堪えると思う。
陽人を焚きつけたのは俺だ。
間に入って…。



「…ごめんね?陽人くん。
あの…」



美音は躊躇い歩みを止める。
あんまり話すの得意じゃなさそうだもんな。
どうしたって身の上話に及んでしまうし。
俺にも聴かれたくないのかも。
それはそれでショックだけど。



「…失礼、だなんて。考えたことなかった。
…ごめんなさい」

「…僕に謝らないでよ」



美音の小さな身体が一回りも二回りも。
小さく縮こまるように見えるほど申し訳なさを表して陽人へ頭を下げる。
そんな反応が欲しかった訳じゃないんだろう、陽人も十分戸惑って、返す言葉がぶっきらぼうだ。



「…うちは、ね。裕福じゃ、なくて。
お家にピアノが無いの」

「え」



それは意外な事実だったんだろう。
そりゃあそうかも。
十数年、習い事をしていて。
いや、確かに書道とかそろばんとか体操教室とか絵画教室とかより、自分だけのモノとして手に入れる道具としては高価だ、ピアノって。



「練習、どうしてるの…」

「ずっと、学校の音楽室のピアノを借りてきたの。
最近は、相澤くんのお家のをお借りしてて」



そうして、ふ、と緩む美音の口元に俺は得も言われぬ幸せを感じてしまった。
俺はポンポンと美音の頭を撫で柔らかな髪を梳く。



「…絶対的な練習量は、他の誰より足りないの。
だから、大丈夫だ、って思えないし。
この先ずっと、ピアノを続けていけるのかさえ、分からないの。
入賞出来たら嬉しいだろうけど、発表会とか遠征とかオケ参加とかお金がかかったらどうしよう、って。
うちは母子家庭でお母さんに迷惑かけたくないし。
私なりに…努力は、してる、つもり。
だけど全力で、何の不安も無しに臨めてないから」



ごめんね、と。
美音はまた呟いた。
美音の向こうに見える陽人は立ち止まったまま、フルフルとかぶりを振った。
俺が知っていた情報と見当をつけていた答え。
でもいつになく長く丁寧に美音から語られたそれは、なんだかとても寂しかった。