たくさん練習できたんです、と美音は声に笑みを含ませながら素直に応えている。
こちらへは背中しか見せてないけれど、きっと顔にはあのほんわり笑顔が浮かんでいるのだと容易に想像できた。
「…美音ちゃんって。
ズレてるよね、時々」
「ああ、陽人もそう思った?
先生の質問に的確に応えるにはそこじゃねえよな」
うん、だって。
先生は美音の肩越しに俺へ熱い視線を投げかけている。
美音に起きたのであろう、感情の変化。
いや、環境の?
それはともかくも美音に悪い影響は与えてないらしい。
俺自身の多少の強引さは十二分に自覚しているから、正直ちょっとホッとした。
「相澤くんは相澤 律歌さんの弟さんなのね?
合同発表会の時は相澤クリニックさんにスポンサーになっていただいたのよ」
「ああ、はい。うちの母は大澤さんとも仲が良いらしいです」
だからこちらの教室のことは存じ上げてて、とお袋との会話を思い出しながら素性を明らかにし腹黒天使を発動させる。
今日のこれはマダムキラーバージョン。
隣の陽人が面白くなさそうに息を漏らした。
先生の視線を辿って俺へ顔を向けた美音は俺を見てにっこり微笑む。
…ああもう、可愛いって。
「まあまあそうなの!
美音ちゃん、ここのところ元気がなかったから心配してたんだけど。
今日は3曲とも素晴らしく引き込まれたわ!
この調子で予選も頑張りましょうね!」
ね!と揺さぶられんばかりの勢いで肩を掴まれた美音の表情は、俺から逸らされ俯けられて。
よく、見えなかった。
俺の隣でまた、陽人が大きなため息を吐いた。
「…美音ちゃんはきっと。
頑張らないよ、今回も」
もう少し練習しましょう、という先生の熱意に圧されて美音はまたピアノに向かっている。
自然、俺と陽人は傍聴席へ取り残されたまま、ポツリポツリと練習の邪魔にならない程度に会話を交わしていた。
「…頑張らない?」
陽人の物言いが気になった。
いくら小学生の少ない語彙力だとは言え、コイツはそこそこ賢そうだし。
“頑張らない”に見え隠れする感情は嫉妬か羨望か。
「…これだけ上手で、センスもあって。
根っからの天才肌じゃないと思うけど美音ちゃんの努力に見合うだけの音を神様は返してくれてるよ」
神様、と。
するりと口からこぼれ出る素直さを心地好く感じた。
サンタだって。
いるに決まってんじゃん!と豪語されそうだ。
ほんっとキャラ設定の出来上がってないガキだな。
なのに。
漏れた言葉のその先はキュッと真一文字に結ばれた唇からなかなか紡ぎ出されない。
そういやお袋も言ってたな。
“惜しいとこまでいくのに賞には絡まない。
どうしてなんだろう、って。
みんなは不思議に思ってる”
「…美音の家庭事情、知ってんの?陽人」
「…知らない、けど」
それと今の話と何の関係があるのだと言いたげに、陽人は俺を見上げてくる。
そこはほら、やっぱり小学生で。
庇護され生きていけている己の弱さになんてなかなか気づけないというもの。
「頑張らない、んじゃなくて。
頑張れない、のかもしれない。
輝きが増していい男になったらそういう考え方も出来ると思うぞ?俺は」
こちらへは背中しか見せてないけれど、きっと顔にはあのほんわり笑顔が浮かんでいるのだと容易に想像できた。
「…美音ちゃんって。
ズレてるよね、時々」
「ああ、陽人もそう思った?
先生の質問に的確に応えるにはそこじゃねえよな」
うん、だって。
先生は美音の肩越しに俺へ熱い視線を投げかけている。
美音に起きたのであろう、感情の変化。
いや、環境の?
それはともかくも美音に悪い影響は与えてないらしい。
俺自身の多少の強引さは十二分に自覚しているから、正直ちょっとホッとした。
「相澤くんは相澤 律歌さんの弟さんなのね?
合同発表会の時は相澤クリニックさんにスポンサーになっていただいたのよ」
「ああ、はい。うちの母は大澤さんとも仲が良いらしいです」
だからこちらの教室のことは存じ上げてて、とお袋との会話を思い出しながら素性を明らかにし腹黒天使を発動させる。
今日のこれはマダムキラーバージョン。
隣の陽人が面白くなさそうに息を漏らした。
先生の視線を辿って俺へ顔を向けた美音は俺を見てにっこり微笑む。
…ああもう、可愛いって。
「まあまあそうなの!
美音ちゃん、ここのところ元気がなかったから心配してたんだけど。
今日は3曲とも素晴らしく引き込まれたわ!
この調子で予選も頑張りましょうね!」
ね!と揺さぶられんばかりの勢いで肩を掴まれた美音の表情は、俺から逸らされ俯けられて。
よく、見えなかった。
俺の隣でまた、陽人が大きなため息を吐いた。
「…美音ちゃんはきっと。
頑張らないよ、今回も」
もう少し練習しましょう、という先生の熱意に圧されて美音はまたピアノに向かっている。
自然、俺と陽人は傍聴席へ取り残されたまま、ポツリポツリと練習の邪魔にならない程度に会話を交わしていた。
「…頑張らない?」
陽人の物言いが気になった。
いくら小学生の少ない語彙力だとは言え、コイツはそこそこ賢そうだし。
“頑張らない”に見え隠れする感情は嫉妬か羨望か。
「…これだけ上手で、センスもあって。
根っからの天才肌じゃないと思うけど美音ちゃんの努力に見合うだけの音を神様は返してくれてるよ」
神様、と。
するりと口からこぼれ出る素直さを心地好く感じた。
サンタだって。
いるに決まってんじゃん!と豪語されそうだ。
ほんっとキャラ設定の出来上がってないガキだな。
なのに。
漏れた言葉のその先はキュッと真一文字に結ばれた唇からなかなか紡ぎ出されない。
そういやお袋も言ってたな。
“惜しいとこまでいくのに賞には絡まない。
どうしてなんだろう、って。
みんなは不思議に思ってる”
「…美音の家庭事情、知ってんの?陽人」
「…知らない、けど」
それと今の話と何の関係があるのだと言いたげに、陽人は俺を見上げてくる。
そこはほら、やっぱり小学生で。
庇護され生きていけている己の弱さになんてなかなか気づけないというもの。
「頑張らない、んじゃなくて。
頑張れない、のかもしれない。
輝きが増していい男になったらそういう考え方も出来ると思うぞ?俺は」
