クラシック





「…『西風の見たもの』」

「ん?」

「この曲。
ドビュッシーの西風を見たもの、って曲なんだ。
アンデルセンの童話にヒントを得て作られた曲なんだけど。
吹き荒れてるよ、フランスの強い西風が。
ちなみにドビュッシーは音で絵を描く、とも言われてたんだけど、印象派だよ、まさに。
…そんなの、知らずに聴いてたんでしょ」



だけど風を感じたんでしょ。

弱々しく落ちる言葉達にもう小生意気さはなく、ただ美音の超絶技巧に呑み込まれていく姿がやけに小さく見えた。



「…僕には、ないんだ。
そういうの」

「“そういうの”の意味が分かんねえよ、陽人」



突然呼ばれた自身の名前に目を瞠り俺を見上げた幼い顔は、けれどすぐに曇って俯けられた。



「上手だ、って言われる。
たぶんテクニックでは美音ちゃんにも負けてない。
だけど僕の音には、景色がないんだって」

「景色ねえ…そりゃあ陽人がガキだからじゃねえの?
まだ12とか」

「やだな、これだから素人は。
世界の巨匠達はもう僕くらいの歳で数々の名曲を生み出してるよ!」

「世界の巨匠と勝手に肩並べるなよ、ふてぶてしいな!
んじゃあ磨き方だろ、陽人に足りねえの」



磨き方、といやに真剣みを帯びた声に懐かしいものを感じた。
完全に変声する前特有の中性的な高さ。
俺にも同じ時期があった。
通ってきた昔に自分を重ねているからか、居もしない弟ってこんな存在感なんだろうかと思ったりして。



今日、俺がのこのこと美音について来た目的は、コイツだったはずだ。
威嚇するべきか牽制するべきか。
本気なのか気の迷いだったのか。
放置して良いものかはたまた小狡い手を使ってでも身を引かせるべきか。
いずれにしても態度と気持ちを見極めてそれなりの措置を取ろうと思っていたはず。
…だったんだけどね。



「そう、磨き方。
俺達はみんな原石なんだから。
磨き方次第で光り方は変わっていくだろ」



言うにつれ陽人は不満そうな表情を隠そうともせず、終いには舌打ちまでしやがった。
…テメ、何が気に入らなかったってんだ?あ?



「…何その抽象的な…。
もっと具体的な何かの方法があるのかと期待したのに。
いや、素人に期待した僕がバカだった」

「…ほんっとクソムカつくガキだな!」



美音が奏でる曲調はいつしか変わっていて、これは俺がバッハだと分かる独特の調べだ。
知らず頬が緩む。
隣でプンスカしている陽人を笑って許せる大らかさまで与えてくれるような美音の音。



「お前ね、年長者の言うことは素直に聴いとくもんだよ?」

「自分だってガキのくせに」

「おうよ。だからさ。
お前くらいの時に、俺いっつも言われてたからな。
摩擦がないと削られないし輝かない、って。
こういうことなんだな、って最近感じるから」



顔は美音へ据えたままだけど、耳は俺へと傾けている。
素直じゃねえな、だからガキだってんだ。
俺もこんなだったのか?



「陽人、そこそこ重いネコかぶってんだろ?」



バレた?って顔でこっち見んじゃねーの。
バレバレだっつの。
俺の目は細くなり口角が上がる。



「俺だって同類だからな、何となく分かる。
ただ、ネコかぶってるまんまじゃ何の傷もつかない代わりに何の光も得られないからな?
寄り道とか、してるか?」