「…っ、あんたっ!相澤っ!もう美音と!その!キ…」
「いやいやいや、みなまで言うな伊野。
こんな廊下のど真ん中で破廉恥極まりないぞ」
「破廉恥なのはお前だーっ!」
伊野はもう一度、俺の手から美音を強奪すると教室へズカズカと入って行った。
相澤、許せん!と豪語する伊野へも。
浴びせられる注目とヒソヒソ声へも。
どう対処したらいいのか美音は戸惑っている。
萎縮して終始俯き加減で表情は強張って。
…そうさせてる原因は、俺か。
もっと、ちゃんと、優しくしたいのにな。
美音は笑顔が極上だし。
自然体のほんわりした美音がいい。
そう思えば自然と口元は緩む。
…誰だ?今、怖っ、て言ったヤツ。
廊下での一部始終を見守っていたのかニンマリ顔の翔太が おはよー、と間延びした声をかける。
それでも伊野の怒りは収まらないらしい。
そうしてその矛先は翔太へ向けられる。
…ご愁傷様。
「内田っ、あんたこのエロ魔神の躾どうなってんの!?」
「ええー?!奏ちゃんがオレの言うこと聞くワケないじゃん!」
「仮にも友達かたってんなら何とかしてよ!ええー、もうイヤだー!美音が相澤に喰われるのなんて見たくないー!」
喰うとか失礼だな、伊野。
いやその前にエロ魔神、て。
そんながっつかねーよ。
誰にも見せねえし。
頭をかきむしる大袈裟な素振りで席に着く伊野を眺めながら、そっと苦笑を漏らす。
俺の疚しい思考を見透かしているのかいないのか、翔太は美音へ おはよう美音ちゃん、と声をかけた。
それは、きっと。
俺が知らなかっただけでほんの数日前の朝まで当たり前だったこと。
一気に湧き上がりそうな醜い感情が嫉妬や独占欲と呼ばれる類であることも、それがどれほど自分勝手なものであるのかも。
分かってる。
椅子に座りため息一つ、マフラーに手をかけた。
「おはよう。…内田くん」
紅く染まった頬や定まらない表情を隠すようにマフラーで顔半分を覆っていた美音。
ほどなく耳に入ってきた落ちた声音がやけに寂しいのは、マフラーだけのせいじゃないことも分かって。
…俺は胸がツキンと痛んだ。
「…あー、本当に。
翔太くん、じゃなくなってる」
触れるべきかスルーすべきか。
きっと翔太は一瞬迷った。
それでも口に出して言ったのは。
彼氏がヤキモチ妬きだと大変だね、と俺のせいにしてくれたのは。
美音の心苦しさを少しでも軽くしようと思いやってくれた翔太の優しさだ。
それも、分かってる。
…何やってんだ、俺は。
「いいよ、美音」
「え?」
俺達が席に着いたことで遠巻き野次馬達もそれぞれの机や教室へ戻っていった。
授業がない今日、明日から冬休みが始まる今日。
何となく室内の空気はふわふわと温かい。
「別に気にしない。一昨日はああ言ったけど、無理することない。
翔太くん、って今まで通りで」
窓際の、一番前。
それが俺の今の席。
窓外のうすら寒い景色を背に椅子へ横向きに座ると、美音を見、翔太を見た。
マフラーがゆるりと美音の首元から離れ白い肌を露わにする。
「…でも、相澤くん…」
「無理してない。美音にも、無理させない」
滑らかに交わされる会話だとか。
屈託なく向けられる笑顔だとか。
計算なしの笑窪だとか。
美音の当たり前の自然さを目にして嬉しかったのは俺。
翔太の気持ちは昨日 聴いた。
美音の言質は取ってある。
何もかもを手に入れたいと願うなら“翔太くん”だって受け容れるべきなんだ。
…そりゃあ。羨ましすぎるけど。
俺まだ“相澤くん”だかんね?
「そんな顔すんなよ。美音が誰を好きなのか、俺はよくよく知ってるから」
だから無理すんな。
そう言って緩んだ俺の表情へ、翔太も伊野も不躾なくらいのドングリ眼を向けた。
