クラシック






「…本当に?」

「お前ね?今さらだろ?」



朝イチ『迎えに行く』とメールしたら、ソッコー返信しやがって。
美音の珍妙な素早さは思いがけない場面で披露される。



それに。
『いいよ!大丈夫だよ!』って何だよ。
エクスクラメーションマークに遠慮というより強い拒絶を感じたのは俺だけか?
ハートマークくらい使えっての。



「美音一人でノコノコ登校する方がよっぽど恥ずかしいぞ」

「…そう、なの?」

「伊野から連絡なかった?
もう俺らのことすんげえ噂になってるから」



逃がさねえよ。
逃げらんねえよ。
俺の内なる腹黒天使がほくそ笑む。
外堀埋めてく、ってこういうことなんだな。



「うー…連絡、あったけど」

「けど?何?」

「手を繋いで登校した方が良いよ、というアドバイスは無かった…!」

「聞こえねーな」



正門に近づくにつれ、周囲のざわめきは俄然強くなる。
面白えー。
女子の好奇心に満ち満ちた悲鳴と歓声に混じって、野太い雄叫びも耳に入ってきたところを考慮すると。



やっぱり美音は人気あるんだな。
無駄だぞ、誰がどう悪あがきしようと。



俺の左腕に隠れるように身を竦ませ俯いて歩く小さくて大きな存在。
手袋して、俺と色違いのマフラーもちゃんと巻いて。
キーホルダーを早速使ってるとこは迎えに行った時に確認したし。



素直で可愛いよなあ。
端整な顔の怪我は早めの適切な処置が良かったせいか、腫れは引き擦過傷が若干 痛々しさを残すくらいにまで快復していて。
俺は見るにつけ、ホッとした。



「もうそろそろ顔上げてもいんじゃね?美音」

「…今日も、休めば良かった…」

「ああ、終業式だから?そのまま冬休み突入したかったか」



覗き込むように美音の耳元へ口を寄せ、穏やかに笑んで囁くように喋る俺達の姿は、一体周囲の目にどう映ってるんだろう。
気にしたこともなかった。
だけど、些細なきっかけで俺が生きてく世界は変わって。
もう、元に戻れない。
戻りたくない。



『俺のもの』ってデカデカ貼っときてえ。
貸してもやれない、触らせたくもない。
昨夜のあの柔らかな感触を思い出せば知らず身震いしてしまう。



「寒いの?大丈夫?」

「大丈夫、寒くない。
…美音、その上目遣い禁止」



その、ってどの?

うん、そう言いながらちょっと眉間にシワ寄ってんのも目一杯開いた瞳も可愛いけど。
美音って自分の魅力に全くもって無頓着だな。
まあ、そこが良いんだけど。



「うーわ!うわうわ!何それ!美音ーっ!」



靴を履き替え校舎2階へと階段を上りかけたところで、大きな声に捕まった。
背中から近づいてきたそれは俺の左手から美音を引き剥がす。



「あんた!何かされたの?脅迫?無理やり引きずられて可哀想に!」

「…伊野は味方なんだか忌まわしき邪魔者なのか分からないな」

「蹴り飛ばすよ?相澤!」

「勘弁してくれ。使いモノにならなくなったら困るんで」



キョトンとしている美音の隣で伊野の顔はみるみる紅く染まる。
…どこ蹴り飛ばすつもりだったのかこれで明らかだな、伊野。
俺はこれ幸いとばかりに伊野の腕の中から美音を取り戻し教室へと歩を進めた。
居心地悪そうに眉尻を下げる美音の隣で伊野は俺への不満を大声で並べ立てていく。



「相澤、ここ何日かで豹変しすぎでしょ!
仏頂面でスウィートフェロモンまき散らさないで!」

「伊野こそわめき散らすな。仏頂面はデフォルトだよ」

「あああ、なんっかムカつく!今までの相澤もスカしててムカついてたけどニューバージョンもムカつくわー」

「俺だって伊野にはムカついてんだぞ。
美音のファーストキス奪いやがって」



何故それを、と伊野は立ち止まる。
いや立ち止まんなよ、美音までつられて足止めるだろ。
ということは俺まで廊下に立ち尽くす羽目になんだろ。
ただでさえ野次馬が意味なくたむろってんのに。



「美音の自己申告だよ。知らんかったわ、伊野の趣味がそっちだったとは」

「そっちじゃなーい!あたしはイケメンが大好きだっ!」

「まあ、気持ちは分からんでもない。離れがたい柔らかさだよな?」



伊野の顔は真っ赤になったり蒼白に変化したりとさっきから落ち着かない。
俺を睨みつける目がどんどんつり上がっていってるよ。
遠巻きなからかいに圧倒されている美音は、何の話やらピンときてないらしい。
しーちゃん?と覗き込むのんびりした声は伊野の慰めにはならなかった。