クラシック

目を見開いたかと思うと眉をひそめる美音。
…何だよ、何か気に入らなさそうだな。



「…お決まり、って。
そんな、世の常識、みたいな…」

「恋愛モノだと王道展開じゃね?
美音のファーストキスは俺との記憶にすり替える。
即ちこれ上書き」



な?と同意を求めたけれど はいそうね、とはならないらしい。
嫌なのか?何、困ってんの?
うー、とまた奇妙な呻き声を上げてるし。
…いやもう、そんな沈みこまれたら俺だけがっついてて恥ずかしいんだけどね。



「…中学の時。
その…しーちゃんにも、されたこと、あって」

「はあっ?!な、まさか…!」

「…ファースト、と言うなら、それが」

「ええっ?!もう、何?!お前その無防備さ!
てか伊野ってそっち?!」



なんかクラスで流行って、とモゴモゴ言ってる美音に対してワケの分からない憤りをぶつけるのは大間違いなんだけど。
それでも無性に腹が立つ。
繋いでる手は離さないけど。



初めて、じゃないから?
美音の過去にまで遡って俺が登場できないことは分かってる。
頭の中では分かってるんだ。
でも心がついていかない。
和に言われた、俺の悪い癖だと。
何でもを丸ごと手に入れたくなる。


「あああもうー…ムカつく。
マジなんかムカつく」

「…ごめんね…相澤くん、あの…」

「謝らせたいんじゃねえよ」



しかも美音ん家 近づいてきたし。
こんなぐっちゃぐちゃな感じでじゃあサヨナラ、って。
…ないだろ、そんなの。



緩やかな坂道を一歩ずつ進む俺達の間にはほんの少し気まずさが漂って。
歯がゆさばかりが募った。
ラブラブイチャコラが俺に似合うとは思ってないけど。
それでももうちっと甘い空気に纏わりつかれてもいいじゃんか。
ふ、と漏らした吐息は冬の闇夜に大きく揺れた。
美音にクイ、と手を引かれたから。



「…あ、相澤、くん…」

「…何?」



高台にあるもみじ台団地へ続くこの坂道は、コンクリートの壁が車道と歩道の両側にそそり立つ。
その中ほどにもみじ台公園へ通じる階段が作りつけられていて、美音はその1段目に上った。
革靴の底が細かな砂を踏んだのか、ザリ、と鳴る音がやけに大きく響いて聞こえる。



「…お返しに、は。
…絶対、ならないと…思うんだけど…」

「?……」



階段の1段分が俺と美音との身長差を埋めてくれている。
目線の高さがあまり変わらない。
見下ろさない美音の綺麗さが新鮮で、改めて好きだと感じる自分がバカみたいだ。
…俺、ムカついてたとこだったのに。



「…自分から、したことは…ないので…」



下手くそだったら、ごめんなさい。

そう囁かれて、美音の手が俺の肩へ置かれて。
美音の腕に提げられていたバッグが俺の胸に当たって乾いた音を立てて。
近づいてきた美音の顔に、俺はようやく理解した。
現状を。
正しく。



「…っ、えっ?!」