クラシック





「……ズルい……」

「え?何?」



ズルい、って。
こんな場合のズルいって。
何なんだ?美音。
焦って考えるよりも先に身体に力が入る。
聞こえるといいのに。
伝わるといいのに。
俺の全身が今、どれだけドクドク脈打ってるか。



「…あ…相澤くんは、ズルいよ…っ!
嫌いになんて、なれるわけ、ないのにー…」

「!……っ…」



……なんだ。
何なんだ、これ。
何て、言ったら。



「……ちょ、もー…何だよー…」



俺はずるずると美音から離れしゃがみこんだ。
頭を抱えて身体を丸めて。



「…あ、いざわく…んっ?!」



ままならないし。
格好悪いし。
弱くなったり、強がったり。
自分の次の行動も。
美音の次の一言も。
まるで見当つかないし。



「ぐ、具合悪いの?!
貧血?立ちくらみ?何か病気?
ね、大丈夫?!」

「………」

「えっ?!何?!
どうしよう、どうしたらいい?」



どうもしなくていいから。
傍に居てくれればいいんだ。
ただ、それだけで。
でもこんがらがった言葉は滑らかに口をついて出るはずもなく、代わりに俺は美音へ手を伸ばす。
しゃがみこんで地面に近い場所の俺とちゃんと目線の高さを合わせてくれている。



「辛い?苦しい?背中さすろうか?病院行く?
あっ、お父さんかお姉さんに診て…」



伸ばした左手を優しく柔らかく包み込んでくれる美音の両の手は小さくて冷たい。
さっき手袋外したままだから。
でもほら、気づいてるか?
触れ合っているところからじんじんと熱が生まれて広がっていく。
俺にも、美音にも。



「……美音?」

「?…相澤くん…」

「好きだよ…すげえ好き」



俺の手を包む美音の熱はどんどん上がっていく。
躊躇いなくキュ、と握られていたのに、今じゃ恥ずかしさだか照れだかが触れる箇所を少なくしようともぞもぞと動いている。



「……具合、大丈夫そう…だ、ね?」

「特効薬ないからなあ、恋の病には」



美音の口は“は”の形を描き、声にならない抜けた息が闇夜に白く溶けて消えた。
目まんまるでマヌケ顔。
いや、何しても可愛いけど。



「…聴いて?ヘリクツ。嫌?」

「……嫌じゃ、ない…」



ヤキモチだよ、格好悪いだろ。

俺はそう言いながらそろりと立ち上がった。
離れていきそうになっていた美音の手を取り、指を絡め俺のダウンのポケットへ突っ込む。



「ヤキモチ…?」

「そ。
俺ってそんな小せえヤツなの。
知ってた?」



じーっと美音の瞳を覗き込んで俺は美音を引っ張るように歩き出した。
首、横に振って。
知らなかった、って言って。
俺の念力は通じたようで美音は俺を見ながらフルフルと反応を示す。
ああまた。
俺の口角は上がっていく。



「美音がいくら俺を見てくれてたとしても。
美音の知らない俺はまだまだいるってこと」



不意に美音は あ、と声を上げた。
俺の言いたいこと、分かった?



「俺は美音に敵わないんだと思うよ。
どんだけ前から見てくれてたのか、とか考えると。
でも」



それだけで俺を突き放さないでくれ。

出来るだけ哀れっぽく聴こえないようにと願いながら、呟いた声はまた掠れてしまった。