クラシック




「…2週間前…」

「え?」

「…私が、落ち込んでたのなんて…。
知らないでしょう?相澤くん…」



2週間前。
その頃の俺は何してた?
特に思い出すこともないくらい何もかもに関心がなかったことへ今さら気づかされる。
だから勿論、美音のことも。



「…私は、知ってる。
2週間前でも1週間前でも、相澤くんのこと、見てたもん。
ネコかぶってて分かりにくいなんてしーちゃんは言うけど。
照れたら伏し目がちにふんわり笑ったり、イライラした時は机を右手の人差し指でコツコツしたり、柏木先生とは前からのお知り合いだろうし、内田くんの前でだけは素だったり。

…分かるもん。
ずっと見てたから」



でも、と息をのんで美音は伏せていた瞳を上げ真っ直ぐに俺を見た。
こみ上げる何かを我慢するように一度きつく目を閉じる。
その拍子、揺れる睫毛の間から涙がこぼれ落ちた。
伊野、今すぐ俺のことボッコボコにしてくれ。



「…っ、私のことっ…知らないのに、そんな風に…言わないでっ…!

好きじゃ、ない人からキスされたって…嫌な、だけだったっ…!
私がっ、好きなのは、ずっと…相澤くん、なのに…!」



籠めていたはずの俺の力は、いつしか抜け落ちていたんだろう。
美音はするりと俺から離れ、後には革靴の底がアスファルトを蹴って走り去る音だけが残された。
闇が美音を吸い込んでいく。



「……美音…」



動け、脚。
走り出せ、俺。
追いかけろ、今すぐ。
格好悪いったらない。
妬いて泣かせて離れて行かれて。
めっちゃくちゃ格好悪い。
こんな俺も悪くないと、翔太はそれでも笑ってくれるだろうか。



「…っ、美音っ!」



どんだけ青春なんだ、と。
自分を揶揄する自分が内なるどこかにいるけど。
それでも美音の小さな背中との距離を必死で縮めようとしている俺。
アイツ、鈍くさいと思ってたのに。
意外と距離が開いたことに驚いた。



「美音っ!ごめんっ!止まって!」



ああもう!バカだろ美音!
中央公園を突っ切って行く気か?!
痴漢が出たから気をつけるように、って全校集会の時に俺様生徒会長が言っただろーが!
俺の声が耳に入ったのかピクリと跳ね上がった美音の身体は、それでも意地みたく走りを止めない。



「美音ってば!止まれって!本当にごめん!マジごめんなさい!」

「!…………」



離して、と小さく請われる。
追いついた左腕を引き寄せて小さな美音を抱きしめた。
俺の胸との間に挟まってるバッグがちょっと邪魔だと思えるくらいの余裕はある。
嫌だ、と。
美音の髪の毛へ顔を埋めながらくぐもる声で抵抗した。



「……ごめん…!」



美音の身じろぎを胸元で感じる。
かぶりを振っているのか。
だとしたらそれはどんな意味?
放っておいて?嫌だこんなの?許せない?
いや、また逃げようとしているのかも。
こんな時、どうすればいいのかなんて。
誰も教えてくれなかった。
ただ、上がった荒い息をとりあえず鎮めようとするけれど。



「……なあ、俺…」



離したくない。
逃げられたくない。
美音の背中なんて、見たくない。 



「……今から、すげえヘリクツ言うから。
聴いて?
んで、それでもやっぱ、腹立ってたら」



俺のこと嫌いになっていいから。

俺の声なのに、それは俺の声じゃないみたいにひどく掠れていた。