クラシック

「まだまだ序の口だぞ、こんなん。
俺、たぶんめちゃくちゃ甘やかすからな?美音のこと。
いちいち危篤に陥んな」

「…ええー…そんな…」

「俺な?
お前のことずっと見てきた訳じゃない。
美音が俺を見てくれてたほどには。
…けど、分かってる」



ずっとお母さんと2人で。
ピアノも家のこともバイトも何でも頑張ってきて。
嫌なことも辛いことも悲しいことも沢山あっただろうに。
それでも、ふんわり笑える。
真面目で優しい美音。



「俺の前では甘えろよ?
我儘も言い倒せ。出来ることは何でも叶えてやる」

「…そんなの…無理だよー…。
私、何も…返せない…」

「このどアホ。
無償だよ、究極だろ?至高の愛」

「そんっ、な…資格、ないって!
わ、私なんか…」



また美音は激しくかぶりを振った。
俺は閉じこめていた美音の細い身体を名残惜しく離すと、肩に手をかけたまま美音の濡れた瞳を見据えた。
…この接近戦。どんだけイチャコラしたいんだ、俺は。



「“なんか”は禁止。
美音はもう、俺のだからな。
勝手に“なんか”とか使うな。
使いやがったらすっげえ濃いベロチューしてやる」



いや、この言い種も大概 勝手だけどな。
それでも瞠目したままコクコクと頷く美音はやっぱり可愛い。
…てか、ちゃんと理解納得してんのかな。
俺の勢いに気圧されて恐怖のあまり反射行動、とかじゃねえよな。



「…で、も。やっぱり…一方的には…」

「お返ししてえの?ああそう。
んじゃなあー」



ああ、俺。
今は自覚ある。
口角がすっげえ上がってる。
何言ったって許される?



「キス…」「っ、無理無理無理!」

「………」

「……あ。え、っと」

「……テッメ。もうちっと熟考してから答えろ!
お返しするんじゃなかったのかよ?!
口だけか?口だけ番長か?!」



何なんだその回答の速さ?!
大体がゆったりしている美音のそんな素早さ初めて見たぞ!
今、発揮しなくてもいいだろそのスキル!



「あああっ!ご、ごめんなさいっ!
あのっ!できれば別の…っ」



ほんの少し拗ねた風に歩き出せば慌てて追いかけてくる美音の心地好い声が背中へ飛んできた。
別の、ってお前。
俺はキスがいいんだけど。
てか怒っちゃいねえから早く隣に並べ。



「別の、って何だよ?
参考までに聞いてやる」

「……肩を揉む、とか」

「母の日か。お母さんか俺は」

「……購買部で相澤くんが好きなふわふわ蒸しパンを買ってくる、とか」

「おうよ、俺は確かにふわふわ蒸しパンをこよなく愛しているが。
お前は下僕か?パシリか?美音。
俺の彼女じゃなかったのか?」

「…冬休みの宿題を」

「美音にやらせるほど落ちぶれちゃいねえ」

「靴磨き?」

「させられっか、んなこと」

「アイロンかける」

「メイドかお前は。俺はご主人様か。
コスプレするなら止めねえぞ」

「あ、お部屋の掃除!」

「おい、コスプレスルーか!
青少年の秘密基地があるから却下」

「秘密基地…」

「そこに食いつくんじゃねえよ!」



気づけば美音のぎこちなさはその口調から消えていて。
ああきっと、伊野と喋る時はこうなんだろう。
いや伊野に限らず、今までの俺以外とは。
美音のありのままが俺の隣でも当然になってる。
その変化が俺はたまらなく嬉しかった。