クラシック







「はああああー…」

「幸せ逃げるよー、かなちゃん。
よく我慢したねえ」



よしよし、とあやすように翔太は俺の頭を撫でた。
子どもじゃないっつの。
それでも全身 総毛立っていた俺の昂ぶりは穏やかに凪いでいく。
…どうせなら、美音にしてほしかったけど。



「美音ちゃんに似合いそうなもの買えてよかったけど。
ウザかったね、お姉さん」

「……お袋と姉貴のほうがマシだと初めて思った…!」



そう言ってしゃがみこむ俺の頭上へ翔太の明るい笑い声が落ちてくる。
そういう奏成も好きだなあ、と。
…やめろよ、道行く人々に誤解されるだろ。






初めての彼女への初めてのプレゼント、って。
経験値のない俺には見当もつかない。
翔太も俺と似たようなもんだし。
和に訊くのは…ちょっと嫌だ。
結局、店内の本屋で立ち読みして“身に着けるもの”が良さそう、って。
分類は決まったけど。



『指輪?』

『美音、ピアノ弾くじゃん。
邪魔にならね?』

『ああそっかー。じゃあブレス?結構してる子多いよね』

『それもチャラチャラ邪魔だろ』

『ザ・独占欲の塊・ネックレス!』

『…その前置き 要らね。
候補その1』

『…下着?』

『…恥ず。無理。絶対無理。
どんな顔して買いに行くんだよ!』

『ハンカチとか?』

『無難すぎる。お友達か』



そんなこんなを会話しながら当てもなく店内を彷徨っていた俺の目に飛び込んできたのは、ショーケースの中に飾られていたキーホルダー。
某有名シルバーアクセサリー店の中からは、俺と翔太の立ち止まる姿を見つけるが早いか商魂逞しいド派手お姉さんが駆け寄ってきた。



一目見て美音に似合いそうだと思った。
カギを留めるリングに付いた飾りが音符やピアノやト音記号で。
あんなにピアノが大好きで、楽しそうに弾いている美音の姿がすぐに浮かんできて。
可愛いでしょう、って俺の隣で商品説明をしてる店員の声が邪魔。
訊いてねえっつの。



『これにする』

『はやっ!』



いやもう、何が疲れたかって。
その後も店員のマシンガントークは止まることを知らず、やれ彼女さんへのプレゼントですかだの、おリボンかけられますか何色が良いですかだの(リボンに“お”は要らねえと思うんだけど)やれ彼氏さんもお揃いでいかがですかだの、壁飾りも同じシリーズであるんですよ、楽譜の形になってて音符にキーホルダー掛けておけるんですよ可愛いでしょうだの。



…うんもう、全部お買い上げするから早く帰してくれ。
俺の代わりに適当に相槌を打ってくれる翔太が居なければ俺はとっくに逃げ出していた。
翔太、マジ感謝。






「プレゼント一つ買うのにこんなに疲れるか…」

「まあ、デパート側も1年の内で一番力入れてるイベントだから」

「…デパート側への思いやり必要?」



俺は苦笑しながら立ち上がる。
そろそろ美音のバイト先へ戻りたい。
歩いて行けばちょうど良い時間じゃないか。
店のロゴが入った紙袋の中から小さめの箱を取り出すと俺は翔太へ差し出した。



「…何?かなちゃん…」

「つき合わせて悪かったな」

「へ」



支払いの時にレジ脇にあったフリスクケースも潜り込ませた。
いっつもカリカリかじってる翔太にはお似合いだろ。
エスカレーターで正面玄関へ降り、また一段と冷えた冬の夜風に身を縮ませる。
ふるりと震えた背中へ翔太の声が追いかけてきた。



「…ちょ、かなちゃん!
これ、超かっけー!」

「良かったな」

「かなちゃん、好きだよー!」

「マジやめろ、って!
俺は美音が好きなんだよ!」