聞けば相川はもう長年ピアノを習っていて。
年明けとあるコンクールへ出場するらしい。
一に練習、二に練習、といきたいところだが、自宅にピアノは無い。
中学では放課後、音楽室のピアノを借りていたらしいが高校では吹奏楽部やら合唱部やらが入れ替わり立ち替わり使うもんだから個人的に借りることも出来ず、音楽教師に相談してみたところ、ここのピアノを貸してもらえたんだとか。
「…あ。私、鍵 返さなくちゃ…」
そこまで話したところで相川は、思い出したように制服のスカートから鍵を取り出した。
帰りたくてわざと、って風にも見えない。
話、途中なんだけど。マイペースだな、お前。
「…ああ。俺がまとめて返してくる。
それよりお前、もう帰らないとまずい?」
「?…はい。晩ご飯の支度…」
言いかけて躊躇い俯く。
それは話が途中で終わることの申し訳なさからなのか。
何かを恥ずかしがっているからなのか。
今の俺では判断に苦しむ。
「相川、家どのへん?」
「え?!あ…と、もみじ台」
「カバン取って来るから。裏門で待機な」
「…え」
「待機、な」
念を押す必要があったのか?俺。
しかも相川の都合はまるで無視してるし。
もちっとジェントルマンじゃないか?いつもは。
意味不明な言動が多い、我ながら今日は。
所在なげに佇む相川の姿を遠目に確認して、何となくホッとした自分に驚く。
…何に、ホッとした?
ちゃんと待機してたことに、か。
泣きながら逃げ帰るかも、と思わないでもなかった。
「…で?」
「わっ?!あ、は、はいっ?!」
「続き」
続き、と反芻し相川は言葉を紡ぎ出そうとした。
…が、おかしい。
いつまで経っても隣から声が聞こえない。
「待ってんだけど。相川」
「…っ、あ!ご、ごめんなさ」
「何故に小走り?」
「いえ!あのっ!リーチ短くて!」
「ストライドな、そりゃ」
というよりまず疑問なのは。
一緒に帰る、というこの現況下において、相川は隣に並ぼうとしない。
それは歩幅のせいではなく。
「何故に右後方だよ?」
「し、失礼にあたらない場所を、その。
…模索、しまして」
「チ」
「…し、舌打ち?!」
「話 始まんねーな、と思って」
「すっ!すみません!あの!
ピアノを借りてて、ですね」
いつか、あそこからあのピアノが無くなる話は聞かされていた。
ただそれまでは自由に使って良いとお墨付きを貰っていたから。
今日までなのか明日までなのかとドキドキしながら日々練習に励んでいた。
息を切らしながら相川は懸命に話す。
…しまった。
そうか、俺が緩めに歩けば良かったんだ。
つい、いつもの独りのペースで。
悪いことしたな。
「…あ、あの…じゃあ。
私、こっち、なので…」
相川の自宅方面と俺のそれとでは途中、分岐点がある。
ちょっとホッとした顔で急ぎ俺に背を向けようとする相川を見て。
…何となく。
面白くなくなった。
「相川。
ピアノ無くなったらどうすんだ?練習」
「え?あ、あー…それは。何とか。
有料で、借りたり…できます」
(……また敬語……まだ、敬語)
おかしい。
今日の俺は何かおかしい。
どこかおかしい。
どこからおかしい?
他人との適正距離があったはずだ。
深く踏み込ませない代わりに深く踏み込まない。
俺の内なる基本だった、それ。
どこに置いてきた?今日は。
「…来週から。うちに来い。
ピアノ、使ってねーやつあるから」
「………」
「聞いてんのか?」
「……う、ち?…とは?」
「俺の家だ。決まってるだろ」
相川は何かを言いかけた。
クリクリの瞳はいつもの倍以上か?
口も半開きで。
そんな表情もするんじゃん。
俺はまた相川の都合を無視して勝手に事を進めたけれど。
不思議な感覚に口元が綻んだ。
年明けとあるコンクールへ出場するらしい。
一に練習、二に練習、といきたいところだが、自宅にピアノは無い。
中学では放課後、音楽室のピアノを借りていたらしいが高校では吹奏楽部やら合唱部やらが入れ替わり立ち替わり使うもんだから個人的に借りることも出来ず、音楽教師に相談してみたところ、ここのピアノを貸してもらえたんだとか。
「…あ。私、鍵 返さなくちゃ…」
そこまで話したところで相川は、思い出したように制服のスカートから鍵を取り出した。
帰りたくてわざと、って風にも見えない。
話、途中なんだけど。マイペースだな、お前。
「…ああ。俺がまとめて返してくる。
それよりお前、もう帰らないとまずい?」
「?…はい。晩ご飯の支度…」
言いかけて躊躇い俯く。
それは話が途中で終わることの申し訳なさからなのか。
何かを恥ずかしがっているからなのか。
今の俺では判断に苦しむ。
「相川、家どのへん?」
「え?!あ…と、もみじ台」
「カバン取って来るから。裏門で待機な」
「…え」
「待機、な」
念を押す必要があったのか?俺。
しかも相川の都合はまるで無視してるし。
もちっとジェントルマンじゃないか?いつもは。
意味不明な言動が多い、我ながら今日は。
所在なげに佇む相川の姿を遠目に確認して、何となくホッとした自分に驚く。
…何に、ホッとした?
ちゃんと待機してたことに、か。
泣きながら逃げ帰るかも、と思わないでもなかった。
「…で?」
「わっ?!あ、は、はいっ?!」
「続き」
続き、と反芻し相川は言葉を紡ぎ出そうとした。
…が、おかしい。
いつまで経っても隣から声が聞こえない。
「待ってんだけど。相川」
「…っ、あ!ご、ごめんなさ」
「何故に小走り?」
「いえ!あのっ!リーチ短くて!」
「ストライドな、そりゃ」
というよりまず疑問なのは。
一緒に帰る、というこの現況下において、相川は隣に並ぼうとしない。
それは歩幅のせいではなく。
「何故に右後方だよ?」
「し、失礼にあたらない場所を、その。
…模索、しまして」
「チ」
「…し、舌打ち?!」
「話 始まんねーな、と思って」
「すっ!すみません!あの!
ピアノを借りてて、ですね」
いつか、あそこからあのピアノが無くなる話は聞かされていた。
ただそれまでは自由に使って良いとお墨付きを貰っていたから。
今日までなのか明日までなのかとドキドキしながら日々練習に励んでいた。
息を切らしながら相川は懸命に話す。
…しまった。
そうか、俺が緩めに歩けば良かったんだ。
つい、いつもの独りのペースで。
悪いことしたな。
「…あ、あの…じゃあ。
私、こっち、なので…」
相川の自宅方面と俺のそれとでは途中、分岐点がある。
ちょっとホッとした顔で急ぎ俺に背を向けようとする相川を見て。
…何となく。
面白くなくなった。
「相川。
ピアノ無くなったらどうすんだ?練習」
「え?あ、あー…それは。何とか。
有料で、借りたり…できます」
(……また敬語……まだ、敬語)
おかしい。
今日の俺は何かおかしい。
どこかおかしい。
どこからおかしい?
他人との適正距離があったはずだ。
深く踏み込ませない代わりに深く踏み込まない。
俺の内なる基本だった、それ。
どこに置いてきた?今日は。
「…来週から。うちに来い。
ピアノ、使ってねーやつあるから」
「………」
「聞いてんのか?」
「……う、ち?…とは?」
「俺の家だ。決まってるだろ」
相川は何かを言いかけた。
クリクリの瞳はいつもの倍以上か?
口も半開きで。
そんな表情もするんじゃん。
俺はまた相川の都合を無視して勝手に事を進めたけれど。
不思議な感覚に口元が綻んだ。
