クラシック

大袈裟ではなく、携帯電話を差し出した美音の手は本当に小刻みに震えていた。
恥ずかしさからか、気まずさからか。
俯く睫毛までも揺れている。
頬をほんのりと染め上げわずかに下唇を噛むその姿も、俺の何かをそそり煽る。



「…バーカ。
何もかんも、美音にやるっつったろ」



二つ折りのガラケーをパチンと折りたたむと、美音の方へ押し返した。
行くぞ、と声をかける。
美音の腕にかけられていたマフラーを手に取ると、柔らかな髪の上から首元へくるりと巻き付けた。



「…消さなくて、いい?」



待受にしとけ、と命じたのに美音はそれには直接応えず、ホッとした様子で携帯電話を胸元に押し当て笑みを浮かべた。
…オイそこ。今度チェックするからな。



「起きてる時に撮れよ、どうせなら。
しかも何か、構図おかしくね?それ」



額へ掲げるように乗せた右手は眼鏡をずり下げているし。
胸元へ落ちたハードカバーへ差し入れていた左手までを無理やり撮ろうとしたと見え、全体的に斜めになった俺の全体像は非常に見づらい。
俺はショートブーツを履きながら、美音を見上げ言った。
美音は いいの、とうっすら笑う。



「…眼鏡姿、じゃあなくて。
手、なの」

「オイ。
日本語でのコミュニケーションが困難になってきたぞ」

「…So,I love your hands blindly…?」

「…テメ。
何だよloveって!英語だったらスラッと言えんのかよ!
しかも手だけか!俺は!」

「あ、や、そんな!手だけ、じゃないよ?」

「当たり前だろ!泣くぞ!泣かすぞ!」



ごめんなさい、と詫びる美音を小突きながら俺達は玄関を出る。
見下ろす美音の横顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。
だからそれ、俺に直接向けろっつーの。
冷たい北風は容赦なく肌に突き刺さるけど、身体の内側から湧き上がる熱はなかなか冷めなかった。






ピアノを前にしていなくても。
ほんの少し、美音のガチガチだった当初の態度は軟化傾向にあると思う。
それが嬉しいというか。
寒さを散らしたくて妙に力が入る身体と相まって、俺のテンションを可笑しくする。



「…あったかい」



首を竦め口元まで覆った美音の唇からそんな言葉が漏れた。
俺 提供のマフラー。
俺が昨日までしてたマフラー、に。
まるで、キスでもしてるかのような。



「…美音。それ、交換」

「え?」

「こっちの色のが手袋と似合ってる」



美音の優しい雰囲気にぴったり寄り添ったオフホワイトのそれは、濃い紺色のマフラーより俺が今しているキャメルに合いそうだ。



…なんて。
理由にもなりゃしねえ。
ワケ分かんないままでいい。
早く換えてくれ、それと。



「…あ」

「何だよ?」

「……あ、相澤くんは」

「俺は?」

「……良い、匂い。が…する」



…また。
髪の毛の隙間から真っ赤な耳見えてんぞ。
んなマフラーに顔半分埋めてんじゃねえよ。
いやむしろ俺に埋めろ、とか。
思考回路が歪んでくだろ。



「手フェチで匂いフェチか。
俺の彼女は変態だな、マジで」



まあ、俺も。
俺の手元へ戻って来たマフラーの、さっきまでお前の口元にあった位置はどのへんだろう、なんて。
ロゴの場所とか気にして巻いてる変態だけどな、充分。



「……引く?」

「引かね」

「……引いてたよ?」

「引いてねえよ」

「無理、しなくて。いい、よ」



何だよ、無理って。

そう言って覗きこんだ美音の顔は。
やっぱりマフラーで半分隠れていて表情を全て読み取ることが出来なかったけれど。
瞳が潤んでいるのは、きっと寒さのせいじゃない。