クラシック

「…やっぱ、これなワケ?」



和の言いなり、ってのは癪だけど。
蕩けた美音は見てみたい。
ドロドロになって俺に全部溶け込んで骨抜きの腰砕けになって俺無しじゃ立ってられないくらいになればいい。



…なんて。アブないな。
変態じみてんな、思考が。
それでも。



トイレから廊下へ出てきた美音は俺の姿を確認すると目を合わせることなくピクリと身体を震わせる。
…ああもう、なんだって。
コイツはこうも、俺の内側の奥底の見せてこなかった何かを煽るんだろう。



「…目 逸らすなよ」

「!……」

「美音。こっち」



向いて、と告げた俺の声はほんの少し掠れていた。
無理もない、理性が暴走しそうな生理反応を抑えつけるのにフル活動してるから。
唾液なんて分泌されてねえんじゃね?
それともこれが、色っぽいってこと?



どう、やってたっけ。和。
指3本くらいでフレーム触ってたっけ。
そりゃあ、これだけくっつけば視力なんて関係なく美音の唇は分かるけど。
一昨日の、昨日で、今日だ。
美音、引かねえかな。
身じろぎひとつしねえけど。
いや、出来ない?
ああ、そうか。
なんで眼鏡外すんだ、って。
思ったけど、外さないと。
ぶつかるからな、キスの瞬間―――。



「あ…」



ツイ、と最後の距離を詰めた瞬間。
美音の姿が視界から消えた。



「…何やってんだ、美音」



壁伝いに床へへたり込んでいる美音。
見下ろしながら声をかけた。
片手に眼鏡、片手は壁について。
何となく様になってない俺のこの格好がマヌケで冷静に自嘲した。
眼鏡をかけ直しながら深呼吸一つ。
…何やってんだ、俺。



「…っ、あ、し…」

「あし?」

「ち、力が…」

「パンツ見えてんぞ」



ああ、そこの反応は驚くべき速さだな。
嘘だけど。
つけ加えた一言に恨めしそうな表情をもらう。
あ、面白え。



「力 入んねえの?抜けた?なんでまた」



目線の高さを美音と同じに下ろす。
スカートを押さえ、下唇を噛み、潤んだ瞳で俺の顔へ視線を這わせる美音としゃがみ込んでご対面。
…これ。何かの修行?
たまんないんですけど。



「…ど、して…眼鏡…」

「質問に質問で返すなよ。
コンタクト片方落としたからな」



それで、と。
和に教えられたスペシャルバージョンなんつー裏理由は封印した。
表の理由を探るようにまた俺へと視線を彷徨わせる美音がいる。
何も出てこないけどな。
隠すのは上手いんだ、俺。



「…何か、あった?無茶なこと…したとか」

「なあんも。なんで?」



だって、と。
囁くようなか細い声も聞き逃せやしない。
細く冷たい美音の指がついと伸びてきて俺の右手に触れる。



「…ここ、怪我してる…。
手袋、捜してくれたせい…?」



ここ、となぞられた小指側にはうっすらと紅く滲んだ2本線。
どこかの小枝で引っ掻いたのか、気づきもしなかった。



「…これ、1週間前の傷」

「…嘘だよ。新しい傷だもん」



美音が使う“だもん”は可愛い。
ああ、親父と比べんのも変だけど。



「嘘じゃねえよ。本当」

「嘘だよ、無かったもん。1週間前は、この傷…」