「…っ、…!」
「んあ?」
「…ほ、保健室…の前、っ、の…木に…」
ああ、と俺は声を落とし上げていた脚を下ろした。
啜り泣く山上を横目に俺は階段を下り始める。
相澤、と伊野の声が背中へ響いた。
「これ、どうすんの?」
「…また“これ”って。お前、使い方 間違ってるって」
俺は山上のクラスへ顔を出すと近くに居た女子を掴まえ、ちょっといいかな?とすかさず仮面をかぶった。
「わ、相澤くんだー!なになに?」
「生徒会のことで打ち合わせしてたんだけど、お腹痛いらしいんだよね、山上さん。
踊り場のとこにいるから」
迎えに行ってあげて、と控えめスマイルでとどめの好感度を上げた。
…ああもう。自分でも何がなんだか分からなくなってきた。
「…相澤。何 目指してんの?」
「…とりあえず、早退」
の、フリして保健室前で木登り予定。
俺の意図を察したのか伊野は了解、と頷くとさっさと俺の机からカバンを取って引き返して来た。
「あたし、さすがに木登りは出来んので。
パンツ見えちゃうし」
「…別に見たくは」
「うるさいよ、早よ行け。
見つからなかったら内田通じて連絡して。先生にはうまく言っとくか ら。
…見つかったら」
「見つかったら?」
…伊野。何を考えてる?
目を閉じ腕を組み眉間にシワ寄せて。
そうして人を指すな、失礼だぞ。
「まだ、啼かせちゃダメ。
美音は清らか美少女なんだから!
いくら聖なる夜が近いとしても、だ!」
そういう場合の“聖”は違うんじゃねえの。
俺の頬は緩んでいたかもしれない。
了解、と伊野をなぞるように応えながら俺は昇降口へと向かった。
革靴に履き替えた俺は一旦 正面玄関を出て、クリーム色の壁沿いに進むと保健室の磨りガラス前へ辿り着いた。
新校舎に寄り添うよう、記念樹として数本植えられたハナミズキ。
落葉広葉樹だっけか、これ。
すっかり葉は落ち寒々しい幹や枝の間に手袋らしい影が無いかと視線を這わせる。
…あ、片方、見っけ。
「何やってんの、奏」
「お前が見ているものは幻覚だ、あるいは白昼夢だ。
何も訊かずに窓閉めろ」
窓ガラスが開いた音がしたんだよな。
無視を決めこもうとしたのに。
まあ、コイツもうちのやかまし屋達に負けず劣らずなんだから。
今まさに幹に脚をかけ枝に手をかけ、弾みをつけて登ろうかとしていた俺の行動へ声をかけないはずがない。
「柏木センセー!」
俺にとっては救いの声。
よし、そのまま窓を閉めてちゃんと生徒の声に応えろ。
振り向いた白衣の肩越し、視界の隅に保健室の引き戸を開けた女子の姿が目に入った。
さっき山上のことを頼んだ子。
と、その隣には山上本人。
「ユキちゃんがお腹痛いってー」
「あれまあ。寝冷え?」
「やだぁセンセ、うちら子供じゃないんだからー」
…センセ、だと。
甘ったるく呼ばれてんなよ、キモ。
今度の正月、親戚中にバラしてやる。
ところでお前、この窓 閉めないのはわざとか?
山上は白衣野郎越しに俺の姿を認めると、半ベソの顔をさらに歪ませた。
…ように見えた。
「っ、や、っぱり…いい、です…」
「ええ?ユキちゃん?」
「ごめん、大丈夫…戻ろ、早く」
そそくさと出て行く2人の背中へ声もかけずヒラヒラと手を振ってやがる。
職務怠慢だな、教頭先生にチクってやろうか。
まあいい、ここは無視無視。
とりあえず片方を手に入れなくては。
「木登りなんて出来たんだ?奏。
野性的な魅力アピール?」
「学校で奏、は止めろって。
誰にアピるってんだよ、ボケ」
「その手袋の持ち主に」
は?と心の中だけで反応し。
いたって変わらない表情で見下ろした。
…うん、本当に見下ろしているこの構図。
「ねえ、もう片方プレゼントしようか?」
身を乗り出すように窓から上半身を出す白衣野郎こと柏木 和。
つか、俺の従兄。
その手にヒラヒラと見せつけるように収められているのは美音の手袋だ。
「お、ま…なんでそれ」
そこに落ちてたから、と。
すんげえ登山家の名言みたく口にしやがった。
ニヤリ顔が親父と重なる。
コイツの父ちゃんは俺の親父のそっくり兄貴だから、まあそう見えても仕方ない。
俺が動揺してるせいではない。
「落ちないように下りといでよー」
「ちょ!ちゃんと持っとけよ!」
細い枝に引っかかっていた手袋。
夜露に濡れたせいなのか、湿り気のあるそれをブレザーのポケットへしまい込むと、俺は木の幹を滑るように下り軽くジャンプして着地した。
…しまった。
コンタクト、片方落ちた。
「んあ?」
「…ほ、保健室…の前、っ、の…木に…」
ああ、と俺は声を落とし上げていた脚を下ろした。
啜り泣く山上を横目に俺は階段を下り始める。
相澤、と伊野の声が背中へ響いた。
「これ、どうすんの?」
「…また“これ”って。お前、使い方 間違ってるって」
俺は山上のクラスへ顔を出すと近くに居た女子を掴まえ、ちょっといいかな?とすかさず仮面をかぶった。
「わ、相澤くんだー!なになに?」
「生徒会のことで打ち合わせしてたんだけど、お腹痛いらしいんだよね、山上さん。
踊り場のとこにいるから」
迎えに行ってあげて、と控えめスマイルでとどめの好感度を上げた。
…ああもう。自分でも何がなんだか分からなくなってきた。
「…相澤。何 目指してんの?」
「…とりあえず、早退」
の、フリして保健室前で木登り予定。
俺の意図を察したのか伊野は了解、と頷くとさっさと俺の机からカバンを取って引き返して来た。
「あたし、さすがに木登りは出来んので。
パンツ見えちゃうし」
「…別に見たくは」
「うるさいよ、早よ行け。
見つからなかったら内田通じて連絡して。先生にはうまく言っとくか ら。
…見つかったら」
「見つかったら?」
…伊野。何を考えてる?
目を閉じ腕を組み眉間にシワ寄せて。
そうして人を指すな、失礼だぞ。
「まだ、啼かせちゃダメ。
美音は清らか美少女なんだから!
いくら聖なる夜が近いとしても、だ!」
そういう場合の“聖”は違うんじゃねえの。
俺の頬は緩んでいたかもしれない。
了解、と伊野をなぞるように応えながら俺は昇降口へと向かった。
革靴に履き替えた俺は一旦 正面玄関を出て、クリーム色の壁沿いに進むと保健室の磨りガラス前へ辿り着いた。
新校舎に寄り添うよう、記念樹として数本植えられたハナミズキ。
落葉広葉樹だっけか、これ。
すっかり葉は落ち寒々しい幹や枝の間に手袋らしい影が無いかと視線を這わせる。
…あ、片方、見っけ。
「何やってんの、奏」
「お前が見ているものは幻覚だ、あるいは白昼夢だ。
何も訊かずに窓閉めろ」
窓ガラスが開いた音がしたんだよな。
無視を決めこもうとしたのに。
まあ、コイツもうちのやかまし屋達に負けず劣らずなんだから。
今まさに幹に脚をかけ枝に手をかけ、弾みをつけて登ろうかとしていた俺の行動へ声をかけないはずがない。
「柏木センセー!」
俺にとっては救いの声。
よし、そのまま窓を閉めてちゃんと生徒の声に応えろ。
振り向いた白衣の肩越し、視界の隅に保健室の引き戸を開けた女子の姿が目に入った。
さっき山上のことを頼んだ子。
と、その隣には山上本人。
「ユキちゃんがお腹痛いってー」
「あれまあ。寝冷え?」
「やだぁセンセ、うちら子供じゃないんだからー」
…センセ、だと。
甘ったるく呼ばれてんなよ、キモ。
今度の正月、親戚中にバラしてやる。
ところでお前、この窓 閉めないのはわざとか?
山上は白衣野郎越しに俺の姿を認めると、半ベソの顔をさらに歪ませた。
…ように見えた。
「っ、や、っぱり…いい、です…」
「ええ?ユキちゃん?」
「ごめん、大丈夫…戻ろ、早く」
そそくさと出て行く2人の背中へ声もかけずヒラヒラと手を振ってやがる。
職務怠慢だな、教頭先生にチクってやろうか。
まあいい、ここは無視無視。
とりあえず片方を手に入れなくては。
「木登りなんて出来たんだ?奏。
野性的な魅力アピール?」
「学校で奏、は止めろって。
誰にアピるってんだよ、ボケ」
「その手袋の持ち主に」
は?と心の中だけで反応し。
いたって変わらない表情で見下ろした。
…うん、本当に見下ろしているこの構図。
「ねえ、もう片方プレゼントしようか?」
身を乗り出すように窓から上半身を出す白衣野郎こと柏木 和。
つか、俺の従兄。
その手にヒラヒラと見せつけるように収められているのは美音の手袋だ。
「お、ま…なんでそれ」
そこに落ちてたから、と。
すんげえ登山家の名言みたく口にしやがった。
ニヤリ顔が親父と重なる。
コイツの父ちゃんは俺の親父のそっくり兄貴だから、まあそう見えても仕方ない。
俺が動揺してるせいではない。
「落ちないように下りといでよー」
「ちょ!ちゃんと持っとけよ!」
細い枝に引っかかっていた手袋。
夜露に濡れたせいなのか、湿り気のあるそれをブレザーのポケットへしまい込むと、俺は木の幹を滑るように下り軽くジャンプして着地した。
…しまった。
コンタクト、片方落ちた。
