クラシック

しんと静まり返った教室内へ響く俺の声。
重いネコをかぶってるんだったか、そうじゃなかったか。
いやもうどうでもいい。
腕を組み仁王立ちで目をテンにしている伊野が納得してくれるといいけど、とそればかりを願った。
面倒くさがらず向き合っている、俺のこの真剣さが伝わるといい。



「…これ、相澤なの?」

「人を指すのにこれ、って指示語はどうなんだ?伊野」

「ああ、その人を小馬鹿にした物言いは相澤だ。
あんたネコかぶれてないし恋なんて言葉、超絶 似合わないんだけど」



言えてるー、とクツクツ笑う翔太の足を踏み唇をつねり上げた。
痛がれ、そして泣け。



「…うん、その悪魔のような所業もうすら笑いも相澤なんだと思うけど。
何なの、美音にだけ甘いの?
ツンデレなの?気持ち悪い!」

「…俺にデレ属性は無い」



あっても怖いわ!と伊野から吠えられたところで佐野先生が教室へ入って来た。
ざわめく室内の発信源を辿るかのように俺と伊野へゆっくりと視線が置かれる。



「…どうしたんだ?相澤も伊野も」

「いえ、特に…先生、相川さんは今日もお休みです」



席に着く伊野を横目に佐野先生へは上手くネコをかぶれた。
伊野の表情が途端に忌々しく変わるのを視界の隅で見て取れる。



「ああ、私にも連絡があったよ。傷痕が残らなければいいけどなあ」

「ご心配なく。
残ったとしても僕がお嫁さんにもらいます」



数瞬の間の後。
教室内の半分相当から悲鳴じみた声が挙がった。
教壇の佐野先生は首から先の頭だけ、俺へと差し出していて。
…珍妙な顔。昨日のお袋みてえ。



他に動作の取りようがなかったのか、コホンと咳払いをした佐野先生は 静かに、と気休め程度に抑揚なく漏らす。
緩やかに俺から視線を逸らすと出欠を取り始めた。



背中越しにパサ、と机に落ちた紙切れ。
何かと思い広げれば、伊野からのメッセージ。
右斜め後方から鋭い眼力を感じる。



『美音のこと泣かせたら、許さないから』



その 許さない、が具体的に示す未来図は伊野が空手の有段者であるという情報を考慮に入れるとあまり描きたくない。



『泣かせない、約束する。
啼かせることはあるかもな』



その常用外の漢字に籠められた青少年の欲望を、伊野は正しく理解してくれたらしい。
投げ返したその紙切れは目を通された途端、伊野の手の中でくしゃりと形を変えた。
伊野の顔も、奇妙に歪む。



ああ、こうやって。
俺へと貼りついていた数多の要素を少しずつ剥ぎ取るように“裏切って”いく感覚は。



なかなか、面白いかもしれない。





今日中に手袋を見つけて持って帰るには早めに手を打たなきゃな。
SHRからそのまま1時間目へ突入すると、俺は頬杖をついて窓外を見やりながら考えに耽る。



見つけて、持って帰って、手渡したら。
美音、喜んでくれっかな。
あの笑窪が見られるかもしれない。



…ああ、なるほど。
世の男子達が好きな女の為にアレコレ動くのは、そういう珠玉の一瞬を何度でも目にしたいと思うからなのか。
クリスマスだとか誕生日だとかのイベントも理由として利用しやすいしな。



こんな風に冷静に分析してしまう俺は可愛げがないけれど。
美音のあの笑顔は、とびきり可愛かった。
今まで目にした中で、極上。
何なら俺がモナリザ並みに仕上げて大英博物館に飾ってやったって良い、うん。



「…相澤。マジやめて」

「伊野、だから美音のことは真剣、」

「うん、それは分かったから。顔のこと言ってんの」