クラシック

「…今日は、ありがとう。
本当に、いろいろ…」



あ、と小さく声を上げ、マフラーを片手で取り去ろうとする。
途端に見えた白く透き通るような肌に、背筋がゾクリとした。
…寒い、からな。寒いから。



「しとけ。つかそれ、やるよ」

「えっ?!い、いやいいです!そんなっ!お構いなくっ!」

「…んだよ。
俺からのモノは受け取れねえっつーのか。しかも敬語だし」

「ああっ、ごめんなさい!あの、ちっ、違くてっ!」



マフラーに手をかけたまま、顔をフルフルと激しく振る美音。
それに合わせて埋もれていたフワフワの髪の毛束まで動き、俺は忍び寄る夕闇に浮かぶ色の対比に暫く釘付けになった。



マフラーの濃い紺色。
美音の白い肌。
髪の毛と瞳の薄茶色。
頬と唇の艶めく紅。



…やっぱ怪我してるのが勿体ない。
闇夜に紛れてハッキリ見えなくなってしまうのも惜しい。



「…これ、カシミアって書いてあるよー…」

「羊か山羊かの違いだろ、毛には変わりねえよ」



この金持ちボンボンが、とか軽蔑されるかな。
…なんて。
そんなこと、絶対ないと知らず信じてる俺は本当に勝手。



美音は握りしめた拳をキュ、と口元へ近づけると、本当にありがとう、と繰り返した。
柔らかく優しく、マフラーを抱きしめるようなその仕草。
…ああもう、ヤバい。本当に。



手が、伸びそうになる。
美音の髪へ、頬へ。
自制しろ、俺。
ここは美音ん家の近く。
誰か通りかかったら、気まずい思いをするのは美音だ。



…と。思ってたのに。



「…大事に、するね…これ」



ここで、来たか。とびきりの笑顔。
プラス浮かんだ笑窪に息をのんだ。
計算か?美音。
いやもう、どっちでもいいけど。



「!っ、お前なあ…もう」



手を繋いでるんだから、それまでも割と近かった美音との距離を俺はさらに詰めた。
華奢な背中に、もう片方の手を回して。
詰めた、っつーか、密着だ。
え、え、え、って。
驚いてる美音の小さな声が胸に響いて気持ち良い。
変態だ、俺。
さっきまでコントロールしてた冷静さはどこ行った?



「…ほんっと、いろいろ…持ってかれてんなあ、俺」

「?…え、あっ!やっぱりこれ返…」

「バカ。そんなんじゃねえよ」



こう、腹の底の奥の方からフツフツとわき上がってくる衝動を何て言うんだ?
名前なんて、知らない。
扱い方も、治め方も、知らない。
だけど妙に頬が緩む。
触れてる箇所が温かい。
しくったな。
ダウンの厚みで美音のヤワヤワ感までが遠いじゃねえか。



「美音にだったら何でもやるよ。俺が持ってるもんなら何でも。
何 持ってかれてもいい」

「…え…と。相澤くん…」

「まだ練習足りねえのか」

「…う」

「空気読めよ、流れ踏まえろ。
ここはどう考えても名前で呼ぶとこ」

「…そ、んな」



そんなの嘘だ、なのか。
そんなことないでしょ、なのか。
美音が呟きたかったのはどっち?
まあ、言わせねえけど。



「ほら。
今日は、これで最後にしてやっから。言ってみ?」



俺って、自分で思ってたほどに淡泊じゃなかったんだな。
美音のおでこに自分のそこを押しつけて。
熱い息がかかるほどに声を寄せた。



近い。
すんごい近い。
当たり前だ。
でもそんな普通の思考、どこかに放棄してしまった。
俺達を覆う冬の夕暮れが美音の輪郭を曖昧にしていく。
それを良いことに俺はきっと大胆になってる。



「…美音、俺のこと好きだったんだよな?」



くっついているおでこがほんの少し揺れた気がした。
頷きたかったのか、美音。



「声に出せ。腹から声出せ」

「…うー、はい…好き、です…前から」