「…理由言わなきゃ教えてやんね」
「…理由?」
「その質問をする理由」
明らか美音は困った様子を見せた。
問いかけてきた時には俺に置いていた視線を外し、唇を噛み言いよどむ。
つか、早く巻け、マフラー。
俺は立ち止まり、美音の手から紺色のそれを奪うとゆるりと首元に回し結んだ。
加減が、よく分からない。
逸らされたままの視線が、気に入らない。
「…美音のガラケーにマップついてんのか?
この辺、不慣れだろ?
俺じゃなくて道行く誰かに訊くか?それとも」
忘れ物をした、とかなら。
こうも躊躇う理由にならない気がした。
いやそもそもマフラーと手袋の話をしてたのに。
「…今朝。屋上から…落としたの、手袋…探しに」
「…ああ。いいよ、分かった」
今朝、って。
それは、落とした、って言わないだろ。
俺はその場に居なかったけど、きっと。
お前を連れ出した女が投げ捨てたんだろ。
「…そういう言い方するんだな、美音」
「…え?」
「いや」
どう、答えようか。
考えながら俺は空いた美音の左手を握り、ダウンのポケットへ突っ込んだ。
トクトク、と。
ミニチュアサイズの心臓が触れた指先に宿っている。
俺の方なのか、美音の方なのか。
どっちだって、いいんだけど。
美音の家と俺の家と学校の位置関係は、ちょうど正三角形を描いていると思う。
ここからさほど、遠くない。
だけど。
「…大事なものなのか?その、手袋」
コクン、と美音は頷いた。
その頼りなげな様ったら。
そうか、と相槌を打ちながら何となく引っかかるモヤモヤを俺はそのまま口にしてしまう。
「…昔の、彼氏に。貰った、とか?」
「そんなんじゃない」
ポケットの中の細い指に力が籠められたのが分かる。
そんなわけない。
美音は繰り返し否定した。
間もおかず、ハッキリと。
嘘偽りがない素直な言葉。
「…母が、編んでくれたの。
今度は入賞しますように、って…願掛けて。
なのに」
いろいろあって、練習にも夢中になって。
忘れちゃってた。
美音の身体から空気が漏れていくんじゃないかと思うほど、深く深くため息を吐きながらゆっくりと冬の空へ溶けていく言葉。
いろいろ、の大半は俺のせいだと思う。
どうにかしてやりたいと思う。
美音は本当に、周りの人間の気持ちを大切にしてるんだな。
俺にも。
向けてくれるんだろうか、そんな温かさ。
いやもう、向けられてやられちゃってんのか、俺。
「…美音さ。
明日は学校休んで、俺ん家で練習な?」
「…え。どうして?」
「打って擦ってるから、すんごい腫れるぞ。
左目、開かないくらい」
そんな自分の姿を想像したのか、美音の頬に奇妙なシワが寄ってる。
まあ、実際のところ、そんな腫れないと思うんだけどね。
親父が手当してるんだし。
「手袋は明日、俺が見つける。
絶対見つけて、持って帰ってくる。
今日は帰るぞ、寒いし風邪引く」
絶対、なんて。
簡単に使えない言葉だと知っているのに。
何の根拠も策もないのに。
それでも。
美音の、ガッカリする顔よりもありがとう、と笑う顔が見たい。
イケるだろ、伊達に生徒会長なんてやってんじゃねーんだ。
「…というワケで。
美音のガラケー、赤外線ついてる?」
「…それくらいは」
「よし、個人情報よこせ」
どうして、と口を挟む隙間を与えず俺は美音の携帯電話を取り上げる。
繋いでいた手を離すのは惜しかったけど。
また、繋ぎ直せばいい。
フォークダンスじゃねえんだからそれくらい彼氏の特権、だよな。
美音が住むもみじ台は、昔からある市営住宅が林立している場所だ。
道幅の広い坂の両側にアルファベットが順良く振られた棟が立ち並んでいる。
美音はB棟の前まで来ると、あの、と言ったきり束の間 口ごもった。
俺から、離す気はねえからな。
ポケットの中のこの、せっかく繋ぎ直した手。
「…理由?」
「その質問をする理由」
明らか美音は困った様子を見せた。
問いかけてきた時には俺に置いていた視線を外し、唇を噛み言いよどむ。
つか、早く巻け、マフラー。
俺は立ち止まり、美音の手から紺色のそれを奪うとゆるりと首元に回し結んだ。
加減が、よく分からない。
逸らされたままの視線が、気に入らない。
「…美音のガラケーにマップついてんのか?
この辺、不慣れだろ?
俺じゃなくて道行く誰かに訊くか?それとも」
忘れ物をした、とかなら。
こうも躊躇う理由にならない気がした。
いやそもそもマフラーと手袋の話をしてたのに。
「…今朝。屋上から…落としたの、手袋…探しに」
「…ああ。いいよ、分かった」
今朝、って。
それは、落とした、って言わないだろ。
俺はその場に居なかったけど、きっと。
お前を連れ出した女が投げ捨てたんだろ。
「…そういう言い方するんだな、美音」
「…え?」
「いや」
どう、答えようか。
考えながら俺は空いた美音の左手を握り、ダウンのポケットへ突っ込んだ。
トクトク、と。
ミニチュアサイズの心臓が触れた指先に宿っている。
俺の方なのか、美音の方なのか。
どっちだって、いいんだけど。
美音の家と俺の家と学校の位置関係は、ちょうど正三角形を描いていると思う。
ここからさほど、遠くない。
だけど。
「…大事なものなのか?その、手袋」
コクン、と美音は頷いた。
その頼りなげな様ったら。
そうか、と相槌を打ちながら何となく引っかかるモヤモヤを俺はそのまま口にしてしまう。
「…昔の、彼氏に。貰った、とか?」
「そんなんじゃない」
ポケットの中の細い指に力が籠められたのが分かる。
そんなわけない。
美音は繰り返し否定した。
間もおかず、ハッキリと。
嘘偽りがない素直な言葉。
「…母が、編んでくれたの。
今度は入賞しますように、って…願掛けて。
なのに」
いろいろあって、練習にも夢中になって。
忘れちゃってた。
美音の身体から空気が漏れていくんじゃないかと思うほど、深く深くため息を吐きながらゆっくりと冬の空へ溶けていく言葉。
いろいろ、の大半は俺のせいだと思う。
どうにかしてやりたいと思う。
美音は本当に、周りの人間の気持ちを大切にしてるんだな。
俺にも。
向けてくれるんだろうか、そんな温かさ。
いやもう、向けられてやられちゃってんのか、俺。
「…美音さ。
明日は学校休んで、俺ん家で練習な?」
「…え。どうして?」
「打って擦ってるから、すんごい腫れるぞ。
左目、開かないくらい」
そんな自分の姿を想像したのか、美音の頬に奇妙なシワが寄ってる。
まあ、実際のところ、そんな腫れないと思うんだけどね。
親父が手当してるんだし。
「手袋は明日、俺が見つける。
絶対見つけて、持って帰ってくる。
今日は帰るぞ、寒いし風邪引く」
絶対、なんて。
簡単に使えない言葉だと知っているのに。
何の根拠も策もないのに。
それでも。
美音の、ガッカリする顔よりもありがとう、と笑う顔が見たい。
イケるだろ、伊達に生徒会長なんてやってんじゃねーんだ。
「…というワケで。
美音のガラケー、赤外線ついてる?」
「…それくらいは」
「よし、個人情報よこせ」
どうして、と口を挟む隙間を与えず俺は美音の携帯電話を取り上げる。
繋いでいた手を離すのは惜しかったけど。
また、繋ぎ直せばいい。
フォークダンスじゃねえんだからそれくらい彼氏の特権、だよな。
美音が住むもみじ台は、昔からある市営住宅が林立している場所だ。
道幅の広い坂の両側にアルファベットが順良く振られた棟が立ち並んでいる。
美音はB棟の前まで来ると、あの、と言ったきり束の間 口ごもった。
俺から、離す気はねえからな。
ポケットの中のこの、せっかく繋ぎ直した手。
