「…わくん、相澤くん…?」
…あれ。
寝落ちてたのか、俺。
すぐ傍で聴こえる美音の小さく澄んだ声。
昨夜、なかなか寝つけなかったせいか、瞼が重い。
相澤くんよばわりされてるせいかも。
「…か、なるく…」
ぶ。
言葉覚えたての子供か。
何だそのたどたどしさ。
ああまだ寝てると思われてる?俺。
目ぇ醒めてる時に言ってくれんかな、美音。
「…奏成、くん」
「…何?美音。愛の告白なら絶賛受付中」
…あ。ヤバ。
目を開けた俺を驚きの表情で瞠目していた美音の眉間にうっすらとシワが寄る。
誰にでもそんなこと言ってやがんのかこのチャラ男(いや、美音がそんな口が悪いワケないけど。そして俺はチャラ男じゃない決して)くらいの嫌悪は感じ取れる。
「美音限定で受付中、に訂正」
「寝ぼけてるのね、相澤くん」
「奏成くん、じゃなかったのか?」
「…まだ、練習不足です」
言いながら背を向ける美音の頬がほんのり紅く染まっている。
見逃すわけないだろ。
目は悪いはずなんだけど。
不思議な眼力が宿ったのかもな。
「お前、甘いもの好き?」
「…嫌いな女の子って。いるの?」
「俺に訊くな。お袋が楽しげに準備してんの」
行こう、とゆるり押した背中はやっぱり細く。
でも、強張ってはなかった。
そんでもって美音。
そんなに見上げんな。
寝起きの心臓に悪いんだよ。
嬉しそうにシュークリームを平らげた後、美音は強引なお袋から夕飯にも誘われている。
いきなりで図々しいと思わなくもなかったけど、少しでも長く居てくれるのならそれも良いかとお袋に任せていた。
「…今日は、あの…何も言ってこなかったので」
「お母さんの携帯に連絡とったら?」
「…母は、携帯を持たないんです」
すみません、と。
謝る美音が急に切なくなった。
別に美音が悪いんじゃない。
そんな恥ずかしそうに居たたまれない表情を浮かべる必要はない。
こっちが不躾だっただけ。
「別に謝んなくていいよ、美音。
お袋が勝手なだけ」
「そうよ、ごめんね?でも美音ちゃん、3連休は一日もお休みじゃないの?」
困ったように頬を掻きながら美音はカバンから携帯電話を取り出す。
二つ折りのガラケーを開くと、わ、と驚きの声を小さく漏らし、次いでスケジュールを確認したのか、23日のお昼間なら、と控えめに告げた。
…よし。ナイスアシストお袋。
「じゃあご馳走用意しておくからいらっしゃいね!
パパも律歌ちゃんもその日はお休みだし!
あ、奏とデートもしてあげてね!」
「…え、や、それは」
「何だその苦悩の顔」
ああ、そうか。練習したいのか、美音。
少しでも自由な時間があったなら。
そうだよな。
「…ちょっと。電話してきても、いい?」
光る着信ランプ。
不在の履歴でもあったのか。
ガラケーの液晶を見、丁寧に断りを入れリビングを後にする美音。
憮然とした顔の俺を見てお袋はケラケラと遠慮なく笑っていた。
…だって、気になる。
どう考えても、気になる。
電話の相手は、誰だ。
そんでもって、何の話を?
リビングの出入口、擦りガラスの引き戸を見やる。
きっと出てすぐの廊下で美音は話しているだろう、内容の細部まで聞き取れないものの、何となく声だけは伝わってくる。
俺はドアの傍まで移動した。
…最低だ。俺、カッコ悪。
「…や、だからね、しーちゃん。大丈夫、騙されたり…うん。
あの、優しいよ、相澤くん…」
《ああもう、だからあんたって子は!》
驚く美音に片手でごめん、と謝りながら、もう片方の手で携帯電話を取り上げた。
スピーカー部分から漏れ聞こえる伊野の声。
「伊野?俺、相澤だけど」
《う、わあっ?!な、何やってんの、アンタ!
美音のことどうするつもり?!返せこの!》
スケコマシ!と。
また身に覚えのない罵声を浴びせられた。
美音は背後にハラハラという効果音を背負って見える。
「俺、本気だから、美音のこと。
詳しくは明日話すけど」
《みっ、美音?!
何アンタ軽々しく呼び捨てにしてんのよっ?!
ああもうこれだからアンタは何となくムカつくのっ!》
「出来れば伊野とも仲良くしたいけど、俺は」
《はああああっ?!》
