クラシック

「…い、いっ、言ってな…っ…」



やば。俺の顔、ニヤけてないか?
プルプルと真っ赤っかに染まった小さな顔や手を振って必死に否定しようとする美音の目の前で。
あ、あんま表情に出ないんだった。
でも美音はすんごい分かりやすくてすんごい安心する。
嘘のない言葉だったんだ、って。



「言ったよ。ちゃんと聴いた。俺、耳は良いんだ、目は悪いけど」



あと口もな、なんつーくだらないセルフツッコミも許そう。
今なら寛容だ、俺。



「なあ。それって、俺?」



それって、と。
俺の言葉をそのまま丁寧に繰り返す美音。
ああそう、やっぱもう一度口に出すのは無理?
もう一度、いや何度でも、聴きたいんだけど。



「好き、っつった。好きすぎて、って。…俺のこと?」

「!っ、……」

「だと、思って。いい?」



さすがに自惚れなんてみっともないから。
我儘で甘ったれの自分勝手な性分は充分理解してるけれど。
独りよがりの妄想なんて変態だ。
一言一言を口に出しながら口角が上がっていくのを感じる。
逆に堪え切れないといった風に俯き下がっていく美音の顔。
俺は美音の目線が欲しくて柔らかな右の頬を柔らかく摘まみ追いかけるように覗き込む。



「美音ー?」

「…は、い」

「お利口」



そう、呼ばれたら返事な。
やれば出来る子じゃんか、美音。



「美音が好きなのは、俺?」

「……、はい……」

「っ、お前はー!もー!」



ズルいな、美音。
消え入りそうな声で応えやがって。
聴き逃してなんてやらねえよ。
耳は良い、っつったろ?
そんでもこれだけ集中して聴きとった言葉がどれだけ身体中に沁み入るかなんて。
分かってねえだろ?



息がかかるほどの距離。
美音の下瞼にはぷっくりと水分が盛り上がっていて。
涙袋って言うんだっけ、俗称。
本当に透明な水分がそこから生まれ出て転がり落ちていく。



「…また。なあんで泣くかな」



美音の頬から離れた俺の指を、美音の後頭部へ梳き入れる。
ほんの少し力を籠め、美音のおでこを俺の肩口へ引き寄せた。
だって、という小さな反論が俺の鎖骨へ響いてく。
力 入り過ぎだろ、美音。
もちっとしなだれかかってくれても。



「…っ、わ、かんない、よー…あい、ざわっ、くん…が。
な、何考えて、るか…」



ヒィック、と盛大に啜り上げる美音の傍で。
俺は、ヤバイな。
鼻歌とか、出そうなんだけど。
だって、お前。
そんな泣くほど、俺の思考を理解したいと思ってくれてんだろ?
訂正されない“相澤くん”は指摘したいとこだけど。



「何が、分かんない?どこが?
訊けよ、全部応えるから」



美音はスカートのポケットからハンカチをごそごそと取り出すと、広げて顔に当て涙を拭い始める。
やっぱ顔が見えた方がいいなと思い、細い肩を抱き起こした。



…何やってんだ、美音。
ハンカチで鼻から下を覆って。
水晶占い師みたいだぞ。



「…相澤、くん、が。わた、私のこと…その」

「好きだけど。何だよ、分からない、ってそこ?」



目は口ほどに物を言う、なんてリアルに遭遇するとは思わなかった。
美音の大きな瞳は顰められた眉のせいかやや細くなり、中の黒目がチラチラと揺れている。
信じられない、ってとこ?形容すると。
明らかムッとしていく自分自身を感じる。



「美音。俺の純情可憐なフィーリングにケチつけるワケ?」

「じゅ…」「そこに反応すんな」

「…スミマセン」

「で?」

「…や、だって。あの…昨日の、今日、というこの…」

「ああ、展開が速すぎる?まあそこは否定しねえけど」



ハンカチのせいで美音の声はくぐもって聴こえにくい。
剥ごうと手を伸ばせば、横にずれ俺との距離を開けやがるし。
ああもう。そんな端っこに座ったら落ちるぞ、お前。



「昨日の今日、だから。信じらんないのか?
1週間後に告ったら信じる?毎日言い続ければ信じてくれんの?」



遺伝子って怖ぇな。
お袋譲りのマシンガントークじゃねえか、これじゃ。
そうやって思考を逸らしながらでも美音のこと見てなきゃ俺は居てもたってもいられない。
美音のまなじりにはまた涙が浮かんでく。
どう伝えれば、こぼれ落ちないんだろう。



「…昨日の今日、だろうと。何ヶ月も育んでたとしても。
好きだ、って感情を自覚した一瞬があるんだし。
一旦 自覚しちまえば、もう白紙には戻せねえよ」



あ、ちょっとだけ。
ハンカチを持つ手の力が抜けてきたのか位置がずれてきた。
顔中のどこよりも一番熱く一番熱を持ってそうな頬が覗きだす。



「…で、も。ピアノ、でしょう…ピアノ、弾いてた時でしょ」