久しぶり…と言っても2週間ぶりなんだけど。
それまで一度も休んだことがなかったから。
教室へ入った時のみんなとの顔の合わせ方もよく分からないな、と。
知らず苦笑が漏れた。





あの日。



“高校生の部、第1位は―――”



焦らすような少しの間の後で、読み上げられた名前が自分のものだと気づくまで私は他の人より時間がかかった。
隣の人が小突いてくれなかったらきっと私はいつまでも、舞台の上から奏成くんの姿を探していたに違いない。



ピアノを弾いている時の自分と。
普段の…ぼへー、とか、ぼやー、とか形容(口にするのは8割方 奏成くんだけど)される自分と。
乖離がますます甚だしい。
あの時、艶めく檜の板の上を踏み出した私の一歩は、未だ現実味を帯びないままふわふわと日常を彷徨っている。






今は、たぶん3時間目の途中。
教室へ一歩を踏み入れた途端、注視されるかもしれないという嫌悪感は、上履きが廊下を踏みしめる音を気怠げにする。
もういっそ、と。保健室のドアを叩いた。



失礼します、と小さく断りながら顔を覗き入れると、和先生のほんわかした笑顔に迎えられる。



(…似てるんだけど…)



今、一番逢いたい人とはちょっと違う。
そんな失礼なことを考え巡らせながら私は勧められるがままにパイプ椅子へ腰かけた。



昔ながらのストーブの熱が放つ暖気は室内をほどよく温めている。
ちょっと眠気を誘うような。
不思議でゆるりとした時間がここだけ切り取られたように流れていた。
優勝、以後。
予期せぬ激しい“変化”の渦に呑み込まれそうになりながら、それでもなんとか普通の高校2年生であろうと抗っているここ1ヶ月を顧みると。



相変わらず、な感覚にホッとする。
思えば和先生との関係性もずいぶん変わったのだけれど。





ふう、と漏れた息に肩まで落ちた私の姿を和先生がクツクツと笑う。
あ、奏成くんにメールしておこう。
私の心の呟きは声に出ていたのか、いそいそとカバンからスマートフォンを取り出しメールを打ち始めると、和先生は目を見開いた。



「美音ちゃん、行動の逐一お知らせしてるの?
鬱陶しくない?奏の独占欲」