クラシック

「陽人…?」

「お金に余裕があるからこんな…。
親の見栄ってやつだよ、僕が頼んだワケじゃないし。
そんなんより美音ちゃんみたいな気持ちの余裕が欲しい、僕は」



突き動かされるような勢いに任せつらつらと胸の内を吐露した陽人は、それでもきまり悪そうに美音と俺から目を逸らした。
こいつも、こいつなりに。
悩んでいたことがあったな。
平らかで滑らかで何の障害も無くただ用意された道を、今日まで目を閉じ手を引かれ歩んできた訳じゃない。



「…そんな、ほわほわふわんって。
現れていっつも良い音鳴らして、でもいっつも本気の美音ちゃんじゃなくて…歯がゆかった」

「…陽人くん」



緊張感、にはまだ遠いのかもしれない。
でも、今日という本番の日を迎えた朝からきっと気持ちは張りつめているんだろう。
涙ぐんだ瞳にほんの少し支離滅裂な陽人の言葉。
いくらネコかぶりの上手な大人びたガキだとはいえ、やっぱり小学生だったのな、と。
妙に安堵を覚えた。
だから、陽人へと一歩を寄せた美音を引き戻さなかった。



「今日は、ね?私、全力少女なの。
誰にも止められないくらい本気出すから」

「…美音ちゃん…」

「陽人くんからいただいたピアノでたくさん練習出来たし。
奏成くんのお家でも今までにないくらい練習出来た。
家事もね、お母さんが極力代わってくれたの。
今日、私が優勝できなかったとして言い訳になることなんて一つもないのよ」



だから、優勝する、と。
美音はにこやかに軽やかに宣言した。



美音の声は思いの外エントランスホールへ響いたのか。
他の出場者だろうか、一塊になりつつある同じ歳くらいのお嬢様方から鋭い視線が向けられる。



ゆるりと時間が流れるこの空間に似つかわしくない刺々しさだ。
でも、そんな剥き出しの感情はむしろ正直な反応なのかも。
確かに美音のこのふわふわ感はあまりに他を卓越していて(いや、緊張感が無いと言えばそれまでだけど)。
もうそれだけで得も言われぬ敗北感を味わわせてしまうには充分なのかも。



「じゃあ、奏成くん」

「…ん?」

「行ってきます」



当の本人はそんなの全く気にも留めてない。
ニブちんで良かったよ、美音。
にこりとたおやかに微笑む様にピリピリしたものはてんで無く、それはそれで周囲との温度差と乖離を増していくけれど。



「おう、行ってこい。
俺にもう1個くれるよな?誕生日プレゼント」

「えっ、欲しいものあったんだ?奏成くん。言ってくれれば」

「バッカ、優勝してこいよ、っつー婉曲表現だろうが!
言わせんなよ、んなネタバレ!カッコ悪いだろ!」

「あ、ああ…ごめ…」

「…美音ちゃーん行くよー。
相澤くんもやめてあげてよ!
美音ちゃんの頬っぺた、大黒さまみたいになっちゃうよ!」

「福々しくていいじゃねえか」

「うんほんと黒いねその笑顔!
こんなキチクのどこがいいんだかな美音ちゃん!」