クラシック

頑張らなかった美音。
頑張れなかった美音。
でも本当はいつだって、頑張りたかったんだよな。
ピアノ、大好きだもんな。



たった、俺の一言が。
こんな、俺の一言が、さ。
美音の後押しになるってんならいくらだって言ってやるよ。



実力があって、きっと天賦の才も知れず備わってて。
でもそれに甘んじることも奢ることもなく努力を重ねてきた美音。
例えば“何かを持ってる”と本番で目に見えない勝負強さまでも評されるのなら。
それは今まで美音を育んできた優しさや思いやりの豊かさであってほしい。
きっと誰にも負けないほど美音は持ってる。



「よし。頑張れ、美音」

「…っ、…はい!」



く、と空気が詰まる。
美音が俺の言葉を、その欠片までも逃さず取り込もうとする。
大丈夫だよ、美音。
指先も身体も強張らせてしまうほどの緊張が押し寄せたって。
俺様の愛で包み込んで無かったことにしてやるからな。



「今日は全力で頑張っていいんだからな?
美音の全部を解放しろよ、心配するようなことなんてなんっもねえから。
思いっきり頑張ってこい」

「…奏成くん…っ、」

「泣くなよ?ブサイクになんぞ」



俺の背にゆるりと添えられていた美音の手には、明らか力が籠められた。
ぶわっ、と。
俺を持ち上げてしまいそうなほどに迸る想い、それに縋るように俺も手に力を籠める。



「…あ、りがとう…っ、わ、私のことこんな―――。
う、れし…あり、がと…っ…」

「だぁ、もう!泣くなって!
良い点もらえねえぞー」



顔は審査に関係ないもん。

俺の両の掌にすっぽり収まる小さな顔。
垂れ下がる眉もへの字の唇も可愛いって。
煽ってんだろ?煽られてるよな?俺。
ベロチューは勘弁しといてやる。
リップ音に見開かれた目元にも笑いながら唇を落とした。







会場である市民ホールはこの街で暮らす者にとって古くから在る馴染みの場所。
誰もが成長の過程における何かしらのイベントで訪れたことがあるはず。
ちなみに俺は戦隊ものキャラクターショーだった、うん懐かしい。
あれ、いくつの時だったっけ?もう長らく足を運んでないことになる。



開演は10時なんだけど。
その前に打ち合わせがあるという美音を親父の車に乗せ、 俺達は冬の朝の街並みをゆるりと走り抜けて行く。
…俺、18歳になったら即 免許取ろう。
なんで助手席に美音なの?
何なの親父のそのデレた顔。
後部座席から仲良さげに話す2人の後ろ姿を見つめてる俺って一体。
悔しさと歯がゆさが俺の不機嫌に輪をかけて貧乏ゆすりを加速させる。



「美音ちゃん、体調はどう?」

「あ、はい。今日はもうすっかり…昨日は、本当にありがとうございました」

「忘れ物ない?ハンカチとかティッシュとか持って来た?」

「お袋、遠足じゃねんだから今日は」

「奏ちゃあん、その可愛いクマが恐ろしく似合ってないわー」

「うるせーよ!失礼だな!
俺のラブリーさを前にちょっとへこたれてんだよクマさんは!」



ひたひたと迫り来る緊張感を、もしかすると誰もが密かに感じとっていて。
それを誤魔化すかのように、払拭したいかのように笑みを浮かべ他愛もない会話を次々に繰り広げた。