「…美音」
「…はい」
東の空が白み始めたのか。
吹き抜け部分の高窓がほんのりと明るい冬の光をもたらしてくれる。
冷たかった空気は和らいで美音の返事を優しく溶かした。
「昨日…一晩中、美音のピアノ聴いてた。
あれ、な?CD。
完コピできんじゃねえのってくらい」
「ふふ、奏成くんならできそう。
あ、連絡しなくてごめんなさい。
目が覚めたら夜中の2時で」
「おうよ、心配した…けど。
直接 言いたかったんだろ?俺におめでとう、ってさ。
逢いたかったんだよな?俺に直接」
美音の額に俺のそれをすり、と寄せる。
猫みたいだな、俺。
伏し目がちに見る美音の口元は うん、と笑みを象りながら応えた。
「今日は。ステージでは、さ。
直接…隣にいる訳じゃねえけど。
目一杯、応援してっから」
「…うん。ありがとう。
今日は…何だろう、すごく。
大丈夫だ、って思えるよ」
今度は頬をすり、と。
柔らかさに脳みそが蕩けそうになる。
いや実際、俺の顔は蕩けてんな、きっと。
傍から見ればだらしないデレ方だと思う。
直接触れる温もりはそれはそれでひどく安心できるけれど。
人が、誰かを支えるのは。
直接的な力じゃなくてもいい。
目に見えない想いだって。
およそ感情は宿らないはずのモノだって。
愛しい誰かの笑顔を守れる術になるんだ。
…いや、そりゃあさ。
青少年だもん、“直接的な”本懐も遂げたくはありますが。
頑張れ、って。
言っちゃうとプレッシャーになんのかな。
今ここに至って変に緊張感与えちゃったりすんのかな。
すぐ傍にある美音の耳元へ繰り返し繰り返し頑張れ、って刷り込んで。
蘇る一語ごとに美音のモチベーションが上がればいいのに。
潜在能力もまるごとずるっと引き出すほどにさ。
…なんてのはきっと、俺のエゴ。
俺にとって今日、この最終局面で後悔しない応援、っていうとそんな分かりやすい手段しか思い浮かばないんだよ。
短絡的だよな、カッコ悪い。
俺、ほんっと何か極めとけばよかった。
あんなにたくさん習い事をしてきたのに手抜き術しか残ってねえってどうなの。
「…奏成くん?」
「…何?美音」
「…私に、頑張れ、って。
言ってくれない?」
…何?お前。
熟睡中に何か技でも身につけたの?
俺の考えてること読めるようになったの?
それとも何ぞダダ漏れだった?
俺の口元が美音の耳に近いだけじゃない。
美音の口元も俺の耳に近いワケ。
好きな相手にこうしたいな、って思ってることズバリをこうして欲しい、ってお願いされちゃった日には。
固まっちまうと思わねえ?
しかも耳元で、って脳の髄を直撃だっつの。
ズルいだろ、そのテクニック。
「…ずっと、思ってた。
去年の今頃は、時々バイト先で見かけるだけだったから…奏成くんのこと。
頑張れ、って言ってもらえたら私、きっともっと頑張るんだろうなあ、って」
