クラシック

「カイロ、いっぱい貼ってるんだけどなあ」



また極上笑顔でへらりとすっとぼけたこと言いやがって。
俺は目を眇め腕の中の美音を瞬時 見下ろす。
とにかく身体を温めないと。
美音の細い腕を引き、急ぎ家の玄関を目指した。



マフラーと手袋はまあいい。
今朝はとりわけ寒いってのに学校指定のコート…いやそもそも制服って何なんだ。
その真っ白ななんちゃら領域とかさ、見てるこっちが風邪ひきそうだっつの。
そんなうすら寒い格好でどんだけあそこにつっ立ってたんだよ。
髪の毛 凍ってそうなくらい冷たいじゃんか。



「ったく、そこじゃねえだろが己を顧みんのは!今日がどんだけ大切な日か分かってんのか?!」

「分かってるよ?
うわ、寝癖すごいね奏成くん」

「っ、おーまーえーはっ!
論点そこだったか?あ?反芻してみろちゃんと!」

「ねえ、初めて?」



やかまし屋達が起きてこないようにと細心の注意を払いながら玄関の重いドアを閉める。
…いやもうあんだけ慌てて飛び出したんだから今さらか。
ちょっと気が逸れていたせいか美音の言葉の意味が分からなかった。
初めて?って。何がよ?



「靴脱いで上がれ早く…で?
何が初めてだって?」

「奏成くんに、今日初めて逢うの、私?」

「…は?ちょ、え?美音?大丈夫か?」



待て待て待て。
ただでさえ寝起き直後の冴えない頭は、睡眠不足も祟ってロクに働きやしない。
またへらりとそれは綺麗に笑っている美音をリビングのソファーへ座らせると、俺は両のこめかみをグリグリと指で押した。



「…あれ?
私の日本語おかしかった?」

「いや、美音がちっとズレてんのは今に始まったことじゃねえよ。
俺が、今日初めて逢う人間は、美音なのか?ってこと?」

「そう、17歳の奏成くんに」



何か温かい飲み物を、と思って。
俺の足はキッチンへ向きかけていた。
でも、止まった。
今、なんて。



「あ、それとももう言われちゃった?誰かに」

「何…」

「お誕生日おめでとう、って」



ああそうだった、って。
俺の頭の上にはビックリマークが出たに違いない。
すっかり忘れてた。
今日は俺の、17回目の誕生日。



「言、われて、ねえけど…や、別にもう、そんなん、どうだって」

「えー?どうだってよくないよ。
お誕生日、おめでとう奏成くん。
って、今日初めて言う人になりたかったの」



ふわりと、美音が立ち上がる。
ああほら、髪の毛 冷たくなっちゃってっから。
いつもの、風に靡くみたいな軽やかさが無いじゃんか。
一歩ごとに俺に近づいてくる美音。
どうしたの、お前。
いや、俺の眼鏡がどうかしてんの?
いつもよか3割増しくらい笑顔が可愛いく見えんだけど。



「…プレゼント、だけどね」

「や、だから…別にいいんだって」



美音が何を目指して、その類稀な感覚を研ぎ澄ましてきたのか。
俺は、知ってる。
ほとんどの時間を一緒に過ごしてきたんだから。
今日の「コンクール」が向かう矢印の先端に位置しているのであって。
「俺の誕生日」じゃない。
そんなの、知っている。
その優先順位で合ってるんだ。



「今日は…これで。
ごめんね?コンクールが終わったらちゃんとしたもの買いに行くから」

「…え?」



これで、と。
美音の冷たい指先が俺の手を取り、広げた掌の上へ乗せられたのは。