(…熟睡できんかった…)



ベッドのヘッドボードへ重ねたクッションや枕に埋もれたまま夢うつつを行き来していた。
上体を起こし、ヘッドホンを外すと首をコキコキと鳴らす。
夜通し聴いていた美音の音色。
なんつーかもう、睡眠学習バッチリ。
今なら忠実に再現出来そうな気がしてきた。




―――結局。



昨夜、美音からの連絡は無かった。
0時くらいまではちゃんと意識があったけど、その先は曖昧。



何時でも構いませんから絶対 連絡させて下さい、って。
美音のお母さんへそこまでお願いしておくべきだった。
普段でも9時すぎの連絡には「ごめんね、夜遅くに」って前置きが必ず付く超真面目人間だもんよ、美音は。
たとえ目が覚めたとしても丑三つ時なんかに電話してくるワケがない。
直接相手に繋がる手段だから、と。
同世代が持ち合わせる携帯電話への気安さは、美音の常識を超えなかったんだろな。



(いや、でもメールくらいさぁ…)



してきてくれても良かったんじゃね?美音ちゃん。
子どもの遅い帰りを待つお袋の心配がよくよく分かったぞ、俺。
信じてる信じてないの問題じゃなく、思考が絶えず悪い方へ流れてくんだよな。
何かあったんじゃないか、とか。
もっと具合悪くなっちゃったんじゃねえの、とか。



しつこいくらい問い合わせしてみるけれど。
俺のスマホは「新着メールはありません」とつれない態度ばかりを返す。
着信履歴も無いし。
ため息に勢いを借りて俺はベッドから下りた。



「…6時かあ…」



美音 起きてるかな。
電話…いや、メールくらいはしといてもいい時間だよな。
って誰に同意を求めてんだ。
まだ夜も明けきらぬ外光を取り込もうとカーテンを開けた俺の動きは、けれどそのまま止まってしまった。



「…ちょ、…ええっ?!」



俺の部屋の窓からは俺ん家の玄関が見下ろせる。
視界の下の方へ飛び込んできた思いもよらぬ情報に呆然とした。



―――いる。誰か立ってる!



「…っ、もうアイツ!馬っ鹿じゃねえの?!」



いや誰かって、美音だ。
絶対、美音だ!
門扉に凭れかかっているあの小さな影。
俺 今、眼鏡かけてんもん、視力1.0あるもん、見間違うはずがない。



「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!何やってんだよもう!
このクソ寒い朝っぱらから!」



ああもう、何で俺の部屋2階の奥なんだ!
無駄に広いわが家を恨めしく思った。
椅子に掛けていたダウンを引っ掴みスウェット姿のまま廊下へ飛び出す。
階段を駆け下り玄関の重い扉へ止まらぬ勢いのまま身体ごと突っ込むと、静寂そのものの朝の空気を砂利を蹴散らす音で切り裂きながら進む。



「美音っ!!何してんだお前っ!!」

「…あ。おはよう、奏成くん」

「何のんびり挨拶しちゃてんだよお前はっ!真面目か!
ちょ、とにかくこっち来い!中 入れ!」



俺の怒声はウォーキング中の老夫婦や早朝ワンコ散歩中のマダムの歩みを止めてしまったけれど。
いやもう、構ってられるかっつの。
セキュリティをかつてない素早さで解除すると扉を開け、ただでさえ大きな瞳をさらに見開いている美音の手を取り引き寄せた。



「…も、マジお前馬鹿だろ…。
何こんな冷たくなっちゃってんだよー…」