クラシック

手だよ、手。
シンプルな白い木のフレーム内に収まる写真には両の手。
ピアノの鍵盤をふわりと掴まえようとでもしているそれは、当人なら分かる。
俺の手、だ。



「これ…」



画質が粗い。
きっと美音のガラケーで撮ったヤツなんだろう。
クリスマスのあの日。
俺の手はキラキラ星を奏でようとしていたはず。
俺のスマホで撮ったものも赤外線送信したじゃん。
あっちのが画素数高いし綺麗なはずなのに何でまたよりによってこれプリントアウトしちゃったんだ、美音。



「わが子ながら頭 大丈夫かと疑っちゃったわよ。
美音、それ眺めちゃあニヤニヤしてたから」

「!…っ、」

「…ずっと、励ましててくれたのよ?相澤くんが、美音のこと」



急に改まったお母さんの物言いに俺は手元から視線を上げる。
今度の笑みは優しくたおやかなものだった。
笑窪こそ無いけれど美音にそっくり。
…いや、美音がそっくり、なのか。



「…本当に、ありがとう。
相澤くんにはどれだけ感謝してもし足りないくらい」

「…や、そんな…」



きっと、猫かぶりの俺であったとしても。
こんな真っ直ぐな感謝の言葉に返す態度ってどうあるべきか分からない。
どういたしまして、とかじゃない。
俺、至らないとこすっごい沢山あったはずなのに。
立ち尽くす俺の片腕をポンポンと軽く2回。
慰めるように奮い立たせるように美音のお母さんは触れてくれた。



「明日の結果がどうであっても、相澤くんが落ち込んだりしないでね?
私も、自分を責めたりしないようにするから」

「…え。優勝する、って。
信じてないんですか?」



写真を手にしたまま熱を持っていた俺の頬は不思議なほど瞬時に冷えていく。
最悪のパターン、ってやつを俺はチラとも考えたくなくて思考の片隅にも入れようとしてなかったんだけど。



「信じてるわよ。
旦那の時もそう、私はいつだって信じてる。
…でも私が審査員じゃないから」

「あ…」



そうか。確かに。
審査基準てのは勿論あるんだと思う。
俺はピアノの技術面に関しちゃド素人だけど、その作曲家が精魂込めた楽譜通りに弾けてんのか、とかペダルの踏み方に間違いはないのか、とかね、きっと。



けれどそれらは多分に主観的だ。
審査員によっては、って可能性が充分あり得るんだ。
美音を大絶賛する人間ばっかじゃないのかもってこと。
俺が凄んで一人一人に圧力かけたところで加点される訳じゃないし。



「…親だから、というか。
やっぱり美音のこと可愛いから。
優勝できなかった時のことも考えてしまうのよね」