クラシック

「自分がピアノ弾けないから正確に分かんないのよね、こういう時。
どうしてあげるのが一番良いのか。
旦那であっても娘であっても変わらないもんだわ」

「…そう、ですよね」



カップをソーサーへカチャリと置くと俺は知らずため息を吐いた。
気にならない訳ない。
美音の部屋の中であんなに存在を主張してた。
ここ半月あまり、美音が目指す頂点への下支えになってたに違いない、アレは。



「…美音のこと。庇いたくなるわ、そんな落ち込まれると」

「…え?」

「困ってた。どうしよう、って」



細く開いたドアの隙間からその一部だけが目に入った。
俺の視線を電子ピアノへ確かに誘導した美音のお母さんは、再び据え置いた強い眼力のままあからさまに凹んでしまった俺の気持ちを平らげようとしてくれる。



「足りてたのよ、美音は。
相澤くんや相澤くんのご家族の思いやりをたくさんいただいてね。
練習不足なんて言い訳、今回はしたくなかったはずだから」

「…や、でも」

「勿論、陽人くんの気持ちを無碍にするつもりはないの。
親としてわが子がたくさんの人から温かな気持ちを向けてもらえてるんだと思うと、それはそれで嬉しいの、勝手だけど」



勝手、ではないと思った。
苦労してきたお母さんだからこそ。
うちの親だって姉貴や俺が何かしらお褒めの言葉をいただくと、昔から顔を綻ばせていたもんだし。
俺はフルフルとかぶりを振り、否、の意を示す。



「…それでも。
即物的で目に見える優しさだけが全てだとは思わない。
ただ傍にいてもらえる、ってだけで美音がどれだけ心強かったか。
相澤くんに見てもらえるといいのにね」



グラフか何かでね、と。
ほんの少し茶化して締めくくったお母さんの言葉に俺は凹んでた部分を上手く埋めてもらえたようで。
無理もせず自然と口の端が緩んだ。





身も心も温まったところで、暇を告げる。
美音のお母さんのことは苦手じゃないけど会話が絶え間なく続いていくほどの仲じゃないからな、まだ。



(…美音が起きてくる気配はないし…)



次に逢うのは明日の市民ホールで、ってことになる?
まさか直前までぴたりと寄り添っていられるとは思ってなかったけど、何となく物寂しい。



…ああ、こんなんが駄目だな俺。
眠れてなかった美音が眠れてる今をありがたいと思うべきなんだ。
それが本当に優しい、ってことじゃね?
ドアの隙間から美音の部屋の中へ向けていた俺の視線には邪気が混じっていたかもしれない。
慌てて逸らし、お母さんへ それじゃあ帰ります、と改めて告げ立ち上がった。



「…あ。そういえば」

「?」

「見た?相澤くん…アレ」

「…“アレ”?」



うわ。
この人、昔は結構な悪戯っ子だったんじゃ。
ニタリという擬音語を背負って瞬時に出来上がった笑みはそれはもう何かを悪巧んでますよ、といった風な。



「そっか、パッと見じゃ分かりづらい所に置いてるもんね、美音。
ちょっと待ってて」



お母さんは美音の部屋へ抜き足差し足で静かに忍び入ると、フォトフレームを手に戻って来た。



…え。俺、美音と写真とか撮ったっけ?



「…これ。相澤くんでしょ?」

「…うわ」