クラシック





(…陽人のがよっぽど具体的で分かりやすい…)



多少の経年劣化を感じるものの、まだ十分に使えるであろうそれを。
美音はどんな顔して陽人から受け取ったんだろう。
ところどころに見えるキズや落書きをなぞりながら考えた。



…俺がプレゼント渡した時より喜ばれてたらマジへこむな。



(それでも、分かりやすい応援、だもんな)



陽人にしてみればピアノが好きで、ずっと習い親しんできている者が四六時中ピアノに触ることが出来ない環境、というのはとても奇異に思えたに違いない。
驚いてたもんな。
だから足りない物を補ってあげた。
そうしてあげたかった。



俺は。
どうしてあげたら良かったんだろう。
ただ、傍にいて。
ただ、それだけだった。
もう今更だけど、ピアノ、プレゼントすれば良かったんだろうか。
金にモノ言わせてるみたいですっごい嫌だったんだけど。



でも。でもさ。
勝ち負けじゃないんだけど、こういうの。
でも陽人のが的確な気がして悔しくて仕方ない。



「…相澤くん。お茶どうぞ」



完全に閉めきっていなかったドアがスイ、と音もなく開いて美音のお母さんが顔を覗かせ言う。
俺は小さく会釈して静かに後をついて行った。
何となく、ドアは閉めきりたくなかった。



「…ごめんね、今日はいろいろと」

「…いえ。俺は別に」



お茶、と言われたから俺はてっきり熱い緑茶を想像していた。
こう、品の良さげな湯のみにね、入ってて。
茶托、って言うんだっけ、あれに乗ってさ。
けれど目の前に呈されたのは真っ白なティーカップに注がれた紅茶だった。
いただきます、と小さく断りを入れてカップへ口を付ける。
…あれ。馴染みのある味と香り。



「…それ、相澤くんのお気に入りなんでしょ?」



それ、と指された先が分からなくてすっとぼけた顔をしていたせいだろう、美音のお母さんは続けて その紅茶、と答えをくれた。



「ああ…や、俺、も好きですけど。むしろお袋の」

「あら。じゃあ美音、勘違いしてるわ」



訂正しとこ、と笑いながら紅茶を啜るお母さんを前に何故だか急激に恥ずかしさがこみ上げる。
…何すか。何なんすか。俺の顔に何か付いてますか。



「…年末だったかな。その茶葉 買って来て、って頼まれて。
相澤くんといつも飲んでるんだ、って言ってた」

「…!」

「あの子、あんまり物欲 無いからちょっとびっくりして。
そうやってこう…何かしらうちでも。
相澤くんを近くに感じたかったのかもね」



困る。困る困る反応に。
何ひとつこの場にピッタリな言葉を探し当てることが出来ず、俺は無様に凝り固まっている。
スカしてる、と。
誤解されんのも嫌だけど…ああ、いや。
美音のお母さんはそんな捉え方しやしねえか。
ほら、俺へ向けられる視線と緩やかな笑みに嫌悪感は無く安堵する。
続く ごめんね、の意味を上手く探れなくてまた固まっちゃうけど。



「…ここのとこ夜勤続きで…。
美音がちゃんとご飯食べてるか、眠れてるか。気を配ってあげられなかった」

「…それは…俺もです。
結構な時間、一緒にいたのに…」