伊野と翔太を家まで送り届け美音の自宅へと向かう。
着いた頃合はちょうどお母さんのご帰宅の時間と重なった。
見ていて気持ち良いくらい熟睡中の美音をまた姫抱っこして、先を行くお母さんの背中を追いかける。
俺の背中は姉貴の声が追いかけてきた。
「奏ちゃん、悪いけど歩いて帰ってくれる?」
B棟の脇に停めていた車のウィンドウがするすると下りて、スマホを手にした姉貴が運転席側から顔だけ出して俺へ告げた。
両の眉尻を下げ、ともすれば泣き出しそうに。
それは計画していた予定が駄目になった時、申し訳なさそうに親父が向けてきた表情とよく似ている。
「帰れる。どうしたよ?」
「ちょっと難しそうな妊婦さんが搬送されて来るからってパパが」
ごめんね、と詫びの言葉をもらえばこっちの眉尻が下がってしまう。
違うだろ。
仕事中なのにごめん。
仕事の邪魔してごめん。
「ごめんはこっちのセリフだっつーの。
サンキュな」
「明日、応援行けるように頑張ってくるからー」
「はいはい」
警告音を鳴らしながら後退し向きを変えると、やや乱暴にアクセルは踏み込まれギャウンと形容しがたいタイヤ音を残し車は遠ざかっていく。
…あれ、縁石乗り上げてたけど大丈夫なのか。
「…相澤くん?」
「あ、すみません」
棟の入り口で俺を待ってくれていた美音のお母さんへ慌てて駆け寄る。
そう、姫抱っこしてても駆け寄れるくらい腕の中の美音は頼りなく軽いんだ。
(でも強ぇとこあるよなあ…)
自分が出場する訳でもないのにそわそわザワザワと一人勝手に落ち着かない俺はきっと本番に弱いタイプだ。
特に実技面。
そんな自分は知りたくもなかったけど。
初めて足を踏み入れた美音の部屋にはいつもの美音の香りが溢れていて思わず笑みがこぼれた。
こんなお呼ばれの仕方ってなかなか無いよな。
6畳くらいの洋室にちんまり置かれたベッドの上へそっと美音を横たえる。
胸元まで布団を引き上げたお母さんは、お茶 淹れるわね、と小さく言い残し部屋を後にした。
淡い黄色のカーテンを引きながらグルリと室内を見回す。
ゴテゴテと飾り立てたところはなくキラキラも…むしろ、高校2年女子の部屋にしちゃキャラものも見当たらないしピンクっ気もふわふわレース感とかも無いし、スッキリしすぎなんじゃね?これ。
壁に添って数個置かれたラックは本棚になっていてビッシリと文庫本が並んでいる。
背表紙の統一感に美音の几帳面さを感じた。
すげえなコイツ、こんな読書家だったのか。
シンプルで静謐な空間だからこそここにはきっと美音の“厳選”があるんだろう。
美音と共に暮らすことを許された、本当に必要なものばかりが。
あまり広いとは言い難いスペースをより狭小に見せているのは一画を陣取っている電子ピアノのせいでもある。
瞼の裏に陽人の顔がチラと過ぎった。
