クラシック

勿論、美音に感謝して欲しくて今までいろいろしてきた訳じゃない。
…ただ。
事、ここに至ってそれは単純に“美音のことが好きだから”って。
それだけに終始してなかったんじゃないかと思えてきた。



美音のこと。
あの手この手で繋ぎ留めておきたかっただけじゃんか、俺。
モノで釣って、必要不可欠なピアノを呈して、現実味のある未来を餌のようにして。
環境を整えて、でもそれは。
美音のためだと見せかけて実は俺が安心したかっただけじゃね?



「…何かもう。足りねえな、俺」



もしかして、ひょっとして、万が一にも。
俺じゃない、例えば渡部みたいなヤツを好きになっていたら。
美音はこんなに弱ったりしなかったんだろうか。
プレッシャーに圧されることもなく、ちゃんと眠れて、ちゃんと食べて、当日に向けて万全の構えで。



俺を好きになって。
俺に好かれちゃったがために、こんな。



…呆れるくらい弱気な俺。
知らなかった、こんな自分。
美音が変えていく新しい俺リストの中へ、けれど。
あんま、入れたくはないな、と苦笑を漏らした。



「…そんな風に、言わないで。
私は本当にもの凄く嬉しかったよ?
だから、それは…奏成くんのエゴじゃ、ないわ」



美音に翳して見せた右の掌。
所在無げにシーツの上へ置いていた。
今度は間違いなく、細い指に掴まえられる。
僅かにひんやりとした肌の質感が熱を持った俺には心地好かった。



奏成くん、と。
もう何度呼ばれたか分からないのに。
その時 俺は初めて、美音ときちんと目を合わせるまで時間がかかった。



揺れている。自分がグラグラと。
まいったな。
俺って“好きなヤツのために強くなれる”タイプじゃなかったのか。
むしろ、逆。
好きになりすぎて弱っちろくなるばっかで。
美音は俺のアキレス腱でショッカーに攫われちまう流れじゃんか。
何だよ、情けねえヒーローだな。



それでも、この極上のヒロインは。
針に穿たれ動きがぎこちない左手に自由がきく右手を寄せ、俺の包帯をそっと撫で包み込む。
ただじっと、見つめていた。
言葉もなく静かに繰り返される小さな仕草は、美音の真っ直ぐな気持ちを間違いなく伝えくる。



「…私、もっと…欲張って、よかったよね?」

「…ん?」



何をか、が明確じゃなかったけど。
それは確かに俺が伝えた言葉。
もっと欲張れ、って。
その先に続けたキザなセリフは何だった?



ああそうか。
お前、そうやって俺の気持ちを軽くしようとしてくれてんのか。
自分から求めて、俺からの一方的な所業じゃなかったと。
欲張るのなんて、美音。
まったく慣れちゃいないのにな。
それに…何それ。
何そのとびきりの笑顔に笑窪添え、って。