クラシック

姉貴は何を思ったのか。
翼状針に点滴スタンド、3号液入りの合成樹脂バッグにラインの確保、と目で細かく確認すると、診察室の出入口付近に佇んでいた翔太と伊野の背を柔らかく押しながら出て行こうとする。
おい、ともう一度声をかけるも、振り向いた姉貴の顔には何故呼び止められたのか分からない、とまざまざ書いてあった。



「私がすべき処置は終わったもの。
あとは奏ちゃんが添い寝してあげるといいと思うわ」

「…っ、な、…おま…」

「奏ちゃん、バクだから」

「そうそう、美音の悪夢しっかり食べてゆっくり寝かせてあげてよ!」



美味しいお菓子があるのよ、と。
翔太へも伊野へも誘惑に満ちた言葉を投げかけ姉貴達御一行様はドアの向こうへ消えていく。



「…何なんだ、ったく…」



この。
こっぱずかしいような。
居たたまれないような。
どこかしら痒くなりそうな。
いかにも仕組まれた、お見合いの席でお節介ババアがあとは若い人達だけでオホホ、なんて言い置いて残った空気感というか。



「…奏成くん…」



添い寝、って。
こんな小さなベッドで出来る訳ないだろ。
ああ、いや。
何も本当に添い寝しろ、ってんじゃないことくらい。
分かってる。
俺はさっきまで姉貴が腰かけていた丸椅子をさらにベッドへ近づけ跨いで座った。



「痛くねえか?美音。
アイツ、姉貴。穿刺がド下手でさ」

「…奏成くんこそ」



痛くない?

力なくゆるりと動いた美音の左の指先が。
前かがみで美音を覗き込んでいた俺の頬を掠めていった。



美音の指の腹が肌の上をすうっとなぞって。
それだけで何故だかゾクゾクとこみ上げる何かを感じたのに。
結局、名誉の負傷を掴まえられなかったそれは、真白のシーツへぱたりと力なく落ちた。



もう少し、だったのに。
届かなかった。



不吉な暗示だとこじつけてしまいそうな俺こそ、囚われて呪われてんのかもしれない。
横たわる美音の限られた視界へきちんと収まるよう、俺は右の掌を大きく開いた。



「…大丈夫だっつってんじゃん。
元気な男の子だぞ、俺は」



弱々しくも美音の笑いを誘えたのは良かった。
時間の経過とともに痛みよりも生々しい患部にあてがわれた滅菌ガーゼの感触が気持ち悪い。
じんじんと疼きはするけれど何てことない、と自身へ言い聞かせた。
そう、何てことない。



「美音のが…痛いだろ、いろいろ。
俺、どうすりゃいい?」

「?…どう、って…」



こんな風に直接的に問い質すのはまったくもってガキくさいしスマートじゃない。
人間ってのは自ら何を言わずとも推し量ってもらえる嬉しさをより深く感じるもんだし。
でも、時間が無いじゃんか。
コンクールは明日だぞ。



「…何も…そんな。
奏成くんには、いろんなことしてもらってるのに」

「…いや。駄目だろ。
美音が結局…こんな風になるんなら。
そりゃ、俺のエゴでしかない」

「奏成くん…」