クラシック

行くぞ、と美音へ手を差し出して。
しまった、と悔いた時にはもう遅かった。
他に気を取られてる無意識下じゃ、知らず利き腕がまず動くんだよ。



「…どうしたの?奏成くん…」



これ、と。
柔らかく俺の右手を両手で包み込んでくれちゃって。
宝物か、って。
そんな大切そうに扱ってくれなくても俺 結構頑丈なんだけど。



「いやもう、さかむけが酷いのなんのって。
なあ?和」

「そうだねえ、奏」



俺を見、和を見て、美音はまた包帯の白へ目を落とす。
まるで信じていないとバックに背負ってんな。
眉をひそめ動かない表情で怒ってるんだろうか、ひょっとして。



「…嘘。今朝はそんなの…」

「本当だって。ほれ、行くぞ」

「嫌だ、嘘つかないで…ねえ、本当にどうしたの?何があったの?私…」

「美音」「美音ちゃん」



思いがけず美音の強い視線を向けられたからか、伊野も翔太も美音を落ち着かせようとするように穏やかにその名を呼んだ。
何だってそう、気にするかな美音。
俺、お前と同じことしてるだけじゃね?



「…美音、ふらーっと倒れちゃったんだよ。
覚えてる?」

「…何となく」

「奏ちゃんのはね、名誉の負傷だよ。
天才ピアニスト美音ちゃんの手を庇って自分が怪我したの」



あっさりバラしやがって。
ちょっとだけ、そんな非難を籠めた目で2人を見つめるもてんで堪えてやしない。
むしろこれが正解だと言いたげな。



正解、なのか。
美音に心配させるだけじゃんか。
きっとすっげ申し訳ないと思わせてしまう。



…って、どちらかと言えば負の感情を相手に抱かせるのは嫌だ、と。
美音も思ってくれたんだろうな。
だから、黙ってた。
眠れない夜も食欲がないことも。



もう、好きすぎじゃん俺ら。
なんて思うと固く引き結んでいた口の端が緩む。
待てども動き出そうとしない美音の手を握りしめ、一歩を踏み出させた。
…痛くない、っつったら嘘になるけど。
力を籠めると疼くだけだ。
それすら熱を持った身体だと半ば感覚は麻痺して、むしろふわふわしさえする。



「俺がさかむけだっつったらさかむけなんだよ。
早く行くぞ、時間勿体ねーだろ」

「…奏成くん…」

「おま、今 絶対“ごめんなさい”言おうかしただろ!
こんな時は“ありがとう”って相場が決まってんだよ」

「何ならチューまで付けてあげて?相川さん」

「…たまには良いこと言うじゃねえか、和」



キモい!という伊野の怒声と。 
確かに!という翔太の頷きと。
未だ表情を決めかねている美音。
…ああもう、みんな仲良く連れだって行くか。



「…ありがとう、奏成くん」

「チューは?」

「…無理」

「…だろうな」



俺は美音の背に手を回し緩く押し進めながら和へ礼を言う。
また明日ね、と当然の如く返ってきたってことはアイツ。
聴きに来る気満々なんだな。