クラシック

減らず口をたたく伊野に抱えられるようにしてベッドの上へ起き直った美音へ、和が歩み寄り脈拍を取る。
普段はへらっとしてるくせに、いざとなると白衣のせいか年の功か、それなりの頼りがいを感じさせるのがズルい。
下瞼を大きな親指でクイ、と下げると爪先を見、美音と視線を合わせた。



「…もともと、貧血気味?」

「…あー…はい」

「ご飯、ちゃんと食べてる?」

「…えー、っと…」

「眠れてる?」

「………」

「ああ、奏のことは視界に入れないで?
ここ数日の事実のみ。答えて?」



すっかり俯いてしまった美音はフルフルと小さな頭を左右に振った。
食べれてないし、眠れてない、ってことか。
瞬間、グワッとこみ上げてくる自責の念。
今朝やっと気づいたくらいだぞ、顔色悪いな、って。
メシだって家にお母さんが作ってくれてるから、って一緒してねーし。
そんな眉間に皺寄せる俺をピシリと指差す和はいつになく厳しい口調だった。



「奏、自分のせいとか思わない。
お前なりによくやってる、僕達は知ってるよ」

「…いや、でもさ和」

「難しいんだよ、こういうのは。
技術的な面もメンタルもフィジカルも全てをその日のために照準合わせていくって。
プロでもきっと難しい、プロを支えるまたその道のプロが集まっても。
ましてや日常生活送りながら、の環境下」



だからって。
和がそんなに一気にまくし立ててくれても、現状が見事に回復する秘密道具にはならないんだけど。
それでも俺のことをなんとか慰めようとしてくれているのは分かった。
翔太も、伊野までも。
元気出せと言いたげに背中をどついてくるし。



「…あたしだって気づけなかったわよ。
何アンタ一人で背負いこもうとしてんの?
あたしの方がよっぽど試合前の精神統一の仕方とかアドバイス出来たのに」

「…ぶ。試合じゃねーし」

「ねえ、和。
オレら何すればいい?美音ちゃん、明日までに治る?」



本当にもう、何だお前ら。
空気の読み方、練習して来い。
ため息しながら苦笑が漏れる。
でも、良かったのかこれで。



両手で顔を覆いながら、それでも指の隙間から潤んだ瞳で俺を窺い見る美音と。
名誉の負傷は後ろ手に隠したまま、己の不甲斐なさをじとじと呪うばかりの俺と。
2人きりだったら、互いにごめん、と詫びの言葉ばかりで。
救いがなかったかも。



きっと俺が無関心だった頃、無味無臭無色透明でしかなかった人の気持ちは、急に鮮やかに色づき始めた。
大切にしたい、自分じゃない誰か。
ソイツのために格好つけたいとか良く想われたいとか。
きっかけは多分、8割方 不純だ。



それでもさ。
知らずにあのまま生きていたら俺はどれほどの温もりを取りこぼし続けたんだろう。
ずっとガキのまんまで、何か足りない、残念美形だったんじゃね?



「連絡しておくからさ、調叔父さんとこで点滴して帰って」

「オッケ」

「今日の練習は早めに切り上げること。
夜ご飯をちゃんと食べて、お風呂にゆっくり入ってリラックス。
たとえ眠れなくても横になって目は瞑るように」



みんなで支えてあげるんだよ。

誰一人プロでもないのに。
和に見据えられた途端、急に重要任務に就いたメンツみたくキリリとした顔しやがって。
翔太も伊野も、この後 ついて来る気満々じゃねーか。
親父んとこの個室借りてやっと二人きりになれるかと目論んでたのに。